妻は大切に
「結婚した当初は、わたしもついつい現役時代の呼称で夫を呼んでしまったの。いまでこそ、そういうことはないけれど。だから、シヅ。呼び方にかぎらず、なんでも慣れよ。あなたはまだ若いから、すぐに慣れるわ。」
クラリスの言う通りだろう。
しかし、わたし自身はいろいろなことに慣れるまでにこの任務から解放されたい。
それにしても、なにもかもがこれまでのどんな過酷で無茶な任務より胡散臭く感じられる。知らないことがおおすぎる。いいや、知らされていないことばかりである。
「ええ、クラリス。そうだといいのですが。じつは、わたしはすごく要領が悪くてどんくさいのです。ですから、現役時代はすぐに広報部へまわされたのです。あまりのどんくささに、大佐、いえ、夫に叱られてばかりで。それは、いまも続いています。今夜もこちらにお邪魔する前に、『妻としての自覚が足りない』と叱られたばかりなのです」
自分自身のことを、謙遜や卑下しすぎるのはよくない。かといって、自慢や盛ってばかりもよくない。
「なんと。スチュー、それはいかんな。妻というものは、いついかなるときでも敬い大切にせねばならない。不平不満や怒りは、けっして口に出してはいかん。それが、夫の器のでかさだ」
「はぁ……。心しておきます」
大佐は、デリクに苦言を呈されて全力でしょげ返った。
(大佐ってこういう演技もできるんだ)
そんな大佐を見、感心してしまった。
「あなた、あまり引き止めてはいけませんよ。ふたりとも若いとはいえ、まだ旅の疲れが残っているでしょうから」
「そうだな。すまなかった。おっと、これだけは伝えておかねば。スチュー、シヅ。きみたちに会わせたい人物がいる。ちょうど二日後に宮殿でちょっとしたパーティーがあってね。国都にいる貴族や官僚や有力者だけでなく、各領地からもいろいろやってくる。その人物だけでなく、多くの人たちに紹介したい。二人そろっていっしょに参加して欲しい」
「公爵、そんなパーティーに参加していいのでしょうか?」
「スチュー、そこは心配するな。ちゃんと手はまわしているからな。堂々としていればいい。今後のことがある。資金は持ってきているだろうが、増える分には問題あるまい? おっと、いかがわしいことではないぞ。ちゃんとした仕事の話だ。まぁ、会わせたい人物がなにか世話をしてくれるだろうがね。さまざまな分野に顔を広めておいて損はないはずだ」
「それでしたら、よろこんで」
四人で同時に立ち上がった。
「シヅ、よければ明日の午後のお茶会に参加しない? 定期的に集まっているの」
「よろこんで参加させていただきます」
ほんとうはうんざりだけど、お付き合いは必要だ。
「だったら、スチュー。きみもくるといい。わが国の人物や事情について、詳しく話しておきたいからね」
「はい」
握手を交わす。
デリクとクラリスに何度も礼を言い、ブラックストン公爵家をあとにした。




