ブラックストン公爵夫妻は、同じ穴の狢?
「不便なことはないかな? 物や人はもちろんのこと、環境も」
「いまのところは、まったく問題ありません。充分すぎるほどです」
「シヅ、きみは?」
「閣下、わたしも充分すぎます」
デリクは、満足げに頷いた。その横で、クラリスは穏やかな笑みを浮かべている。
「屋敷が古くて申し訳ない。うちの屋敷のひとつなのだが、こういうときの為に手放さずに置いているのだよ。きみたちがわが国での生活に慣れてくる頃には、ちゃんとした屋敷を準備しよう」
「ありがとうございます」
大佐とともに頭をさげつつ、デリクには「こういうとき」というのが頻繁にあるのかと訝った。
「スチュアート、スチューと呼んでも? それより、大佐の方がいいかな?」
「公爵、どちらでもけっこうです。じつは、妻はいまだにわたしを『大佐』と呼ぶことがあるのです。『あなた』、と呼ばれることより多いかもしれません。もっとも、彼女とは『大佐』と呼ばれていたときの方が長いもので、わたし自身いまだに『あなた』と呼ばれるとむずがゆい思いをしますがね」
「それは、よくわかるわ。じつは、わたしたちもなんですよ」
「は?」
「えっ?」
大佐に微笑みつつ、クラリスが言った。
彼女の告白に、大佐と顔を見合せてしまった。
「ああ、そうだった。スチュー。きみとは、文書でのやりとりがほとんどだったからな。知らなくて当然だ。じつは、わたしも軍にいたのだよ。一応、将校だった。クラリスは、わたし専属の秘書官だったというわけだ」
(なんですって?)
デリクの告げた内容は、驚愕ものだった。
(将軍、ではなく将校?)
公爵や王族であれば、よほどでないかぎり将軍の地位を与えられる。もっとも、たいていそういう将軍は、能力はもちろんのこと統率力や政治力が皆無なので「お飾り将軍」にすぎないのだけれど。
が、それでも将軍の地位にはつけるはず。
実際、マクレイ国の王子のひとりが将軍のはずである。
もっとも、その王子はわが国との戦いで一度も陣頭で指揮をとったことはないけれど。
それどころか、兵士たちを鼓舞する為に前線に出たことさえないかもしれない。
それはともかく、将軍ではなく将校だなんて……。
デリクとは、初対面でまださほどときをすごしていない。それでも、彼が凡庸ではないということはわかる。どこか秘密めいていて怪し気ではあるけれど、軍人として、兵を指揮する者として、けっして能力や統率力がないようには見えない。
それどころか、名指揮官の雰囲気さえある。
(ということは、彼もまた大佐と同様、おおっぴらにはできない任務に従事していたということかしら)
使用人たちのことを考えても、そう疑わざるをえない。
とはいえ、デリクはこちらの正体を知らない。敵国の元軍人を接待し、利用する役目を担うことはなんら不自然でも無茶なことでもない。ましてや、彼はすでに退役しているのである。
かえって都合がいい。
(それにしても、大佐はデリクのことを知っていたの? 知っていて黙っていたの? それとも、まったく知らなかったの?)
いずれにせよ、問題である。
大佐は、あいかわらずポーカーフェイスを維持している。
当然、大佐の心の中、あるいは胸の内を読むことはできない。
彼が自分の心をガードしているから。
そして、大佐の心を無理にでも読もうとすれば、デリクとクラリスに悟られるかもしれない。
もしも彼らがわたしたちと同じ穴の狢だとすれば、だけれど。




