食べることこそ、人生のすべて
もっとも身近な存在となる使用人たちとは、まずまずのスタートをきったといえるだろう。
料理人のサイモン・ロバートソンともまた、友好的な関係を築けそう。彼の料理をべた褒めしたり、料理を無理矢理にでも口に詰め込まなくともよさそうだ。
サイモンは、四人いる使用人の中で一番役になりきっている。それどころか、彼はもともと料理人をしていて、この世界に入ってきたのではないかというほど「そのまんま」である。
彼は、背がとても高い。背が高いだけではない。彼のお腹は立派すぎる。外見的特徴も「そのまんま」である彼がコック服とコック帽を着用すると、「これぞ名料理人」である。
そんなサイモンが作ってくれた朝食は、いたってシンプルだった。
仲介者が事前に伝えていたらしい。
わたしたちには、「豪華なものよりシンプルな食事を作るように」と。
今朝のメニューは、焼き立てのパンと新鮮な野菜のサラダとチーズだけのオムレツとホイップ付きのふわふわパンケーキ。それから、カリカリのベーコンとヨーグルトとフルーツ。
サイモンの腕前を知るには、これで充分である。
とくにパンとオムレツとパンケーキとベーコン。
これらは、簡単そうでじつはそうではない。
その理由は、豪快な料理が得意なわたしが語るまでもない。
とにかく、サイモンは監視者のわりにはまともな料理人である。
マクレイ国の諜報部、もしくは情報部が、監視者に彼を加えてくれてよかった。
食は基本。
食べさえすれば、あとはどうにかなる。
食べることこそ、人生のすべてなのだ。
朝食後、建物や敷地内を見てまわった。
ベイリアル王国から持ってきたものを片付けもした。
ランチは、サンドイッチだった。
しかも、パンをトーストしたタイプのサンドイッチである。
それは、わたしの大好物のひとつ。
テンションが上がってしまったのはいうまでもない。
だから朝食をたらふく食べたのにもかかわらず、ついつい食べすぎてしまった。
昼食後、しばらく休憩した。
一階には、大佐が使う執務室とは別に小さいながらも図書室がある。そこには三連の立派な書架があり、それぞれの書架には本がびっしり並んでいる。
面白そうな書物をピックアップし、テラスの籐製の長椅子に寝転がって読書を楽しんだ。
陽はさほどきつくなく、微風が肌に心地いい。
庭も手入れが行き届いている。木々があり、花壇もある。さほど広くも大きくもないけれど、夫婦二人暮らしなら問題ないだけの広さだ。
花壇には、花々が咲き誇っているわけではない。この任務が長期間に渡るようなら、バラを育ててもいいかもしれない。
とはいえ、バラを育てたことはない。花といえばバラだから、そう思いついただけ。育てるのが難しいかどうかさえ知らない。とはいえ、難しくてもどうにかなるはず。
サイモンが焼いたばかりだというパウンドケーキとお茶を、カミラが持ってきてくれた。ちょうどいい機会である。カミラとナンシーの分も持ってくるよう言いつけ、三人でお茶を楽しんだ。
ふつうのご令嬢や奥様がする「レディトーク」なるものに、初挑戦してみた。
意外に悪くなかった。むしろ同年代の彼女たちとの「レディトーク」は、刺激的で楽しかった。
陽が傾きかけると、執務室にこもっていた大佐がやってきた。
「そろそろ外出の準備をしなければならない」
彼は、事務的な口調で告げた。
この夜、予定があるのだ。
『仲介者と夕食をいただく』
それは、マクレイ国にやってきて初のミッションである。




