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殺人的抱擁

『大佐、レディを寝台の上でイカせたりよろこばせる寝技は得意でも、体術での寝技はダメダメなのではないですか?』


 大佐にたいして、そんなふうに挑発したのかもしれない。


 思い出せないけれど、昔のわたしなら平気でしでかしそうだ。


 とにかく、気がついたらマットの上で大佐と勝負をしていた。


 結論を言うと、負けた。惨敗だった。


 それまで、夫以外の男に負けたことがなかった。当時、少佐でさえ、わたしと勝負をして引き分けに持ち込むことがせいいっぱいだった。


 そのわたしが、大佐に負けたのだ。


 勝負にいたった経緯は思い出せないけれど、決定的な負け技は覚えている。


 背後を取られたばかりか、そのままうしろから抱きしめられたのだ。当然、いまのような甘い意味での抱擁ではない。


 全力の殺人的抱擁だった。


 その力に、イッテしまいそうになった。当然、そういう意味でイキそうになったわけではない。リアルな死の世界に、である。


 いまの大佐の力は、あのときとはくらべものにならない。


 しかし、愛する妻にする抱擁となると、力が強すぎる気がする。


「あなた、いくらなんでも苦しすぎますわ」


 大佐に負けたことを思い出すと、いまだに口惜しさが募る。


 とはいえ、わたし自身が自信過剰になっていただけで、ほんとうは強くもなんともなかったのだ。それでも、あの負け勝負は口惜しすぎた。


「新天地できみに寝技を仕掛けてみたいよ。あるいは、背後から全力で抱擁するのもありかな?」


 そのとき、大佐が右耳に囁いてきた。


(フンッ! 嫌味? それとも煽ってる?)


 まるでわたしを嘲笑うかのように、あのときの勝負のことを持ちだしてくるなんて。


(ほんと、イヤな奴)


 鼻を鳴らした。もちろん、心の中で。


「あなた、爽快な朝のひとときに口にする台詞ではありませんわ。デリカシーがなさすぎます」

「おっとすまない。きみのうなじを見ていると、ついつい欲情してしまう」


 ドキリとした。


 いまの大佐の台詞にたいして、である。


 じつは、わたしがこの世界で生き残ってこれたのは自身のうなじのお蔭であるといってもいい。


 とくに危機や危険が迫ると、うなじはザワザワぞくぞくすることでそうと教えてくれる。


 そして、いまもいつもほどではないけれど、うなじがザワザワしている。


 わたしのうなじは、少佐とのあの夜以降控えめにではあるけれど、ずっと警告してくれている。


 それがなににたいしてなのか?


 残念ながら、いまのところそこまではわからない。


 しかし、ぜったいになにかあることだけは間違いない。


 大佐は、そのうなじのことを口にしたのだ。心臓が飛び跳ねるのもムリはない。


 ちなみに、わたしのこのうなじのことを知っているのは、この世にたったひとりだけである。


 わたしの夫、だけなのだ。


「あなた、そろそろ下に降りませんと」


 とりあえず、大佐のこの殺人的抱擁から逃れたい。


 いいや。大佐のすべてから逃れたい。


 だから、強引に彼から離れようとした。


「今夜が楽しみだよ」


 大佐は、意外にも開放してくれた。しかし、はっきりと予告されてしまった。


 いよいよ、今夜かもしれない。


 今夜、大佐と同じ寝台でエクササイズに励むことになるかもしれない。

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