幸運の女神?
使用人たちが彼らの本来の仕事をする為に起きだした気配を感じたのは、自室でのプチトレーニングが終りかけた頃だった。
主寝室へと続く扉がノックされたのも、ちょうどそのタイミングである。
「ハニー、もう起きているのか?」
大佐はわたしが許可をするまでもなくさっさと扉を開け、そこから知的な美貌をのぞかせた。
さも当たり前のようなその態度は、ごく自然だった。
「ええ、あなた」
窓へ近づき、カーテンを開けてから窓も開けた。
「あなた、いいお天気ですわ。新天地での生活にふさわしい朝ですわね」
自分でも、こんな取って付けたような台詞は「ウゲッ」って思う。しらじらしい台詞だと、笑ってしまいそうになった。
「ハニー、そうだな。おそらく、きみがいるからさ。わたしにとって、きみは『幸運の女神』だからな」
すぐうしろに気配を感じたときには、うしろから抱きしめられていた。
「あなた、おだてたってなにも出ませんよ」
彼に背をあずけ、はにかんでみせた。
(『幸運の女神』ですって? 笑っちゃうわ)
現役時代、「死神」と呼ばれていた。いつの間にか、それがコードネームになっていた。
わたしは、けっして幸運をもたらさない。
幸運どころか、死と災厄と不運をもたらすのだ。
だから、夫も……。
「ハニー。わたしは、本音しか言わないよ。心にもないことは、ぜったいに口にしない。もちろん、それは愛するきみにたいしてだが。どうでもいいような連中には、適当にしか言わない」
さらにきつく抱きしめられた。
その力強さは、昔を思い出させた。
昔、自信過剰だったときがあった。それも鼻持ちならないほどの過剰っぷりだった。レディのわたしは、男性諜報員にはけっしてひけをとらないと思い込んでいた。そんな愚かなわたしは、大佐のことをみくびっていた。諜報員としての能力はもちろん、あらゆる戦闘術においても「わたしの方が上だ」と、なぜか根拠のないことを信じていた。
あるとき、ジムでトレーニング中に大佐がやってきた。
他にもいた。夫や少佐など、同じようにトレーニングをしていた。
どうしてそうなったのかは、思い出せない。
おそらく、わたしが大佐をバカにしたのだろう。




