有意義なひととき
「昨夜よりかは眠れたわね」
カーテンを開けてみた。
窓の外は、ゆっくりと明けつつある。
三年間、おひとり様暮らしだった。それがいいか悪いか、あるいは好きか嫌いかは別にして。
とにかく、それはわたしに悪しき習慣をもたらした。
無意識の内に声を出してしまう、という習慣である。
無意識の内に声を出すというのは、つまりひとり言をつぶやくことである。その癖がついてしまった。
窓を開けた。
早暁の独特の鋭い空気が鼻腔に侵入し、体にまとわりついた。
一日のうちで、このときがもっとも気が引き締まる。
森での生活では、明け方に起床するとすぐにトレーニングをしていた。
森の中をランニングするのだ。
途中、腹筋やスクワットやナイフの技や体術の練習などを組み込んでいた。あらかじめ定めているポイントとでそれらをしつつ、あとはひたすら森の中を駆けまわった。
トレーニングに並行してやっていたことがある。
森の中、ポイントごとに罠を仕掛けていた。大きな池にも仕掛けを作っていた。
それらをチェックするのだ。
もしも獣や魚がかかっていれば、即処置をした。
罠や仕掛けになにもかかっておらず、動物や魚の気配を感じるようなら狩りや魚釣りに切り替えた。
はやい話が、朝もまだ暗いうちから、トレーニング兼と食料調達をしていたのである。
しかし、敵国の国都にあるこの屋敷でそのようなことができるわけはない。というか、そのようなことをする必要はない。
とはいえ、体は正直である。動くことを欲しているのだ。
(この時間なら、まだ使用人たちも起きていないかしら。それとも、一晩中交代で監視をしていたのかしら)
四人の使用人たちは、住み込みということになっている。彼らは、一階の奥にある二部屋で寝起きをしている。
ひとえに、昼夜を問わずわたしたち夫婦を監視する為に。
ほんとうにご苦労なことである。
とはいえ、たったいまは彼らの気配は感じない。
監視されている、という独特の気配である。
それでもやはり、警戒はすべき。
というわけで、開けたばかりの窓とカーテンを閉めた。
室内でできるトレーニングをする為である。
思う存分堪能するのだ。
そうして、敵国に潜入して最初の朝を有意義にすごすことができた。




