血みどろの森にて
森の中の狩猟小屋ですごしているうちに、傷つき疲れている心身が癒されるはずだった。
しかし、森の中が静かで穏やかだからこそよりいっそう五感が研ぎ澄まされていく。全身が緊張感に包まれ、ピリピリとした痛みを伴う興奮に襲われる。
それだけではない。焦燥と不安に苛まれ、諦念と自暴自棄が錯綜する。
いまのわたしは、現役の頃とまったくかわっていない。
それどころか、余計にひどくなっている。
精神的にまいっている。心を病んでいる。
きっとそうに違いない。
理由は、わかっている。
たったひとり、このような森の中で隠れてすごすことを強いられているからではない。ましてや、怠惰な生活を送らざるをえないということでもない。
そう。理由はわかっている。
わかっているつもりである。
この日は、いつもとは違っていた。
風の流れ。木々のざわめき。小川のせせらぎ。小鳥たちのおしゃべり。そして、森全体を覆う空気。
とにかく、すべてが違っていた。
現役の頃からの感覚は、たとえ平穏な生活に縛られていようとそう簡単に鈍るものではない。
察知したときには、すでに体が動いていた。
現役時代の愛用の得物を携え、小屋を出ていた。
この森は、だれも訪れることはない。昔、この森で七体の遺体が見つかった。
犯人は、狩人。狩人は、すぐ近くの村や町でレディを誘っては連れ込んだ。そして、殺害して遺体を愛撫しまくったらしい。その死体性愛者は、長期に渡って屍姦を繰り返した。当然、発見された。もっとも、罪深きその殺人鬼は、断頭台ではなく一生涯に渡って鉄格子付きの病室に閉じ込められることになった。
七人のレディたち、それから彼女たちの家族や親族や友人や知人たちにすれば、その殺人鬼の末路は許せなかったに違いない。
それはともかく、その殺人鬼が死体を愛撫しまくっていたのが、わたしがすごしている狩猟小屋なのだ。
そして、その凶悪きわまりない事件以降、この森に人間が訪れることはない。
だからこそ、ここが隠れ家として選ばれたのだ。
それなのに、この「血みどろの森」にだれかが侵入した。
わたしは、その侵入者を察知したのだ。