【最終話】ぜったいにベンとしあわせになるのよ
『おいおい、シヅ。おまえは。あいかわらず好きだな』
『ええ。大好きよ、あなたとのエクササイズは』
『それは、すべてが終わってからだ。いまは集中しろ。エクセサイズはお預けだが、おまえにはおれがいることにかわりはない。オールドリッチ王国にはいっしょに行くからな。暗殺部隊は、サミュエルとおれがいれば当面は襲ってくることはないだろう。あとは、腕と暗示でどうにかなるはずだ。いや、どうにかする。おまえを守るために。そして、おまえをしあわせにするために』
『待って。あなたは? これからどうするの? わたしを守り抜いたあと、あなたはどうするつもりなの?』
カーティスやエレノアの暗示を解けば、エレノアは苦しむことになる。忌まわしい過去を思い出し、一生苦しめられることになる。
わたしだったら、そんな過去に耐えられない。
自分の父親に犯され、子をなすなどという過去に。
しかし、やはりわたしもこのままベンを諦めることはできない。彼をエレノアに譲るつもりはない。
(そうよ。なにかしらの策はあるわ。たとえば、ベンがエレノアとニックにあらたな記憶を与えるとか。わたしがされてきたように)
ぜったいにわなにかしらの手はある。
ベンとわたしとで探せばいい。
まだ時間はあるのだから。
『シヅ、だからまずはおまえ自身のことを考えてくれ。頼むよ』
『まぁ、忘れてたわ。ベン、ごめんなさい。大丈夫。どうにかなるから。いえ、どうにかしてくれるんでしょう? いままでのように。そして、これからも。そうよね、ベン?』
『まいったな。だが、大丈夫だ。おれがいる。だから、おまえは大丈夫だ』
『愛しているわよ、ベン』
おもわず、一番伝えたかったことを伝えていた。
『おれも……』
そして、ベンが心の中で言いかけた瞬間である。
「なにを見つめ合っている? カイル。エレノアがすぐ側にいるのに、こんなちんちくりんなレディを見つめてどうしようというのだ? グワッ!」
よりにもよって大佐が邪魔をしてきた。
だから、全力で足を踏んでやった。
「では、詳細を詰めよう。行動は、早ければはやいほどいいからね」
サミュエルの提案である。
この瞬間から、あらたな局面を迎えた。
しかも超ハードな局面を、だ。
あれだけ死んでもいいと思っていたのに、いまは生き抜くことしか考えていない。
どんな敵が立ちはだかろうと道をふさがれようと、しぶとく生き残ってみせる。そして、しあわせになるのだ。
夫ベンとともに。
もちろん、親友であるエレノアとニックもしあわせになってほしい。だから、その努力もするつもり。
でも、わたしが一番。
わたしには、それだけの権利はある。
ちょっと遅れたけれど、ベンにしあわせにしてもらう権利はあるのだ。
レディはやはり、愛する人とその子どもとしあわせにならなければならない。
いいや。しあわせになるべきなのだ。
大国の女王になるより、世界一の諜報員になるより、ひとりの男性の妻に、その子どもの母になるべきなのだ。
しあわせは、もう目の前だ。
もうすぐしたら、ベンとしあわせになれる。
おそらく、だけど。
心からそう願っておこう。
『強く願えばぜったいにかなう』
それは、ベンの持論の一つ。
いまは、わたしの持論のひとつでもある。
『ねぇそうよね、ベン?』
ベンの真剣な横顔に、そう心から呼びかけた。
(了)




