まさかの暗示!
『カーティスにも暗示をかけている。おれたちは、ずっと親友だという暗示だ。彼らだけではない。すべての関係者にもだ。おまえには黙っていたが、暗示はおれのもっとも得意とするスキルだ。まず解かれることはない。解けることもない。そして、シヅ。おまえにも暗示をかけている。幼いころにだ。まえに偽りの過去を与えた」
これこそ、まるで書物の話である。そのご都合主義の筋書きは、作者にとっては記憶喪失とは違った意味で便利なはず。というよりか、斬新なその筋書きは、さすがのわたしも思い描けなかった。
『オールドリッチ王国から命からがら逃れたおまえを守るために。ときどき記憶を塗り替え、あらたなものに仕立て上げた』
幼い頃のことはどうでもいい。まったくといっていいほど重要ではないから。
問題は、いまである。現実には、大人になり、ベンと出会ってからの記憶である。
ベンと出会ってからの記憶のことなのだ。
『シヅ、おれはずっとおまえを守ってきた。だから、出会ったのはずっと幼いときだ。この前、夢で見ただろう? 暗示を一部分解いた。それでおまえに知らせたかった。だがな、それはあくまでも大人になるまでのことだ。大人になってからのおまえの記憶は、おまえだけのものだ。成長して凄腕の諜報員になってからは、一度たりともおまえに暗示をかけてはいない』
『というか、やっぱりベンじゃない』
『そこか? そこなのか? 真実を告白したおれへの第一声がそれなのか? まぁ、おまえらしいといえばおまえらしいがな』
心の中でのやり取りは、時間にすればあっという間のこと。わたしたち以外の人たちには、わたしたちはしばらく見つめ合っているようにしか見えない。
もっとも、大佐は別だけど。
その証拠に、大佐は驚愕の表情でベンとわたしを見ている。
『で、ベン。あなたは? サミュエルの部下なの?もしかして、幼いときから?』
『おれは、特殊能力を持つ一族の最後のひとりだ。あるとき、死にそうになってな。まだガキの頃だ。そのおれをシヅ、まだ可愛らしい王女様だったおまえに助けられた。そして、サミュエルに引き取られた。だから、おまえと彼はおれの命の恩人というわけだ』
『なるほど。それも書物によくある筋書きね。『大陸一の可愛い王女様、美貌の男の子を拾う』、みたいな?』
『実際のところは、おれはボロボロだったしおまえはそこまで可愛くなかったがな』
ベンもわたしも、いつのまにか笑顔になっていた。
ベンとしての彼とのやりとりがひさしぶりすぎて、ぎこちなくなってしまう。
これが言葉ではなく、心の中でのやり取りなのが残念でならない。
ほんとうなら、彼におもいっきり抱きつきたい。
そうして、全力で彼を抱きしめたい。彼に全身粉砕骨折するほど抱きしめられたい。
それからもちろん、唇だけでなく全身に口づけされたい。
最終的には、寝台の上で愛し合いたい。




