彼女は、バカだ
「それから、気まぐれでも思いつきでもない。ただ、連中にむざむざ殺されてやるつもりはない。できれば、暗殺者たちと交渉してまだ見ぬ、というよりかまったく知らない敵に直談判したいわね。『わたし、女王になるつもりはさらさらないから。あとは好きなだけあなたたちだけでやりあってちょうだい。というわけだから、わたしの周囲の人たちを巻き込まないで』って。そもそも、わたしはそんな器じゃないし、たとえそんなものになったとしてもつまらないだけでしょう? つねに命を狙われるし、政敵に槍玉にあげられることになるんですもの。自由を奪われ、もろもろの権利を奪われ、カゴの中の鳥として、宰相辺りに好みの声音で囀らされるだけ。そんな人生を送るのなら、いっそこの世から消えてしまった方がマシよ」
だって、そうでしょう?
この状況で女王になれるわけはない。だけど、たとえオールドリッチ王国をあげて迎えられたとしても、そんなものになるのはごめんこうむりたい。
「もしも交渉がうまくいかなかったら、そのときには刺し違えてやる。タダでは死なない。それがわたしだから。これ以上、失うものがないわたしですもの。すごく強いわよ」
そう。ベンを失った以上、これ以上失うものはない。最悪な状況はない。
わたし自身の命さえ、ベンがあってこそだったのだから。
そのベンがいない以上、命を失っても悔いはない。
それでみんなが無事でいてくれるのなら。
カイルが、いや、ベンがエレノアとニックとしあわせに暮らし続けられるのなら、命のひとつやふたつくれてやってもいい。失ってもいい。
「彼女は、バカだ」
せっかくカッコいい台詞を連ねているというのに、大佐が横で台無しにしてしまった。
「それから、愚かだ。頑固すぎるしワガママすぎる」
「いえ、大佐。いまの台詞、そのままそっくりお返しします。頑固すぎてワガママすぎる点においては、あなたには負けますので」
こんなときまで元部下を、カモフラージュとはいえ妻だったこのわたしをひどく言うなんてありえない。
だけど、それが大佐だ。わたしを見くだし、侮り、バカにし続けてきた彼である。じつに彼らしいといえるだろう。
「シヅ、ダメだ。そんな危険なことをさせるわけにはいかない。それでおれが助かったとしても、おれはうれしくはない」
「は? カーティス、わたしはあなたの部下じゃないわ。あなたの持ち物でもない。それどころか、あなたの民でもない。それを『させるわけにはいかない』なんて、エラそうなことを言わないで。それに、あなたをよろこばせるためにするんじゃないわ。なんなら、あなたといっしょでもいいのよ。わたしの首にあなたの首を添えれば、向こうはおおよろこびするでしょうから」
カーティスは、ショックを受けたようだ。
(おおげさね)
結局、カーティスは口ほどではない男なのだ。そこまで勇気も覚悟もないのだ。
わたしのささやかな提案にショックを受けるなどとは、それだけの男にすぎないわけだ。




