大佐が怒った
「話が違うではないか?」
そのとき、突然隣で怒鳴り声がした。驚きのあまり、飛び上がりそうになった。
いつもムカつくほど落ち着き払っていて冷たい大佐が、怒鳴ったのだ。怒鳴ったと同時に立ち上がった彼を、おもわず見上げた。
知的な美貌が真っ赤になっている。
「くそっ! 抜け駆けもいいところではないか。こんなことになるのなら、彼女をさっさと連れ帰っていた。閣下、いや、カーティス。おまえのくだらぬ遊びに付き合うことなどなかったのだ。最初から話にのるのではなかった。祖国を裏切った上に彼女まで取られるくらいなら、わたしがずっと森の中に閉じこめておいたんだ」
感情的な大佐は、そうそう見られるものではない。
彼は、カーティスを責めつつズカズカと執務机に向って行った。
(っていうか、いま大佐は『最初から』って言った? 『祖国を裏切った』って言ったわよね? で、『森の中に閉じ込めて』って? それってわたしのことよね?)
大佐の背中を見つつ、彼が言った言葉を咀嚼する。
「スチュー、おまえが先だろう? ええっ? よりにもよって抵抗の出来ない彼女を襲おうとしただろう? おれの『ザ・エージェント』が阻止しなければ、それこそ取り返しのつかないことになったところだ」
カーティスも負けてはいない。執務机をまわって大佐と真正面から対峙した。
向き合うふたりは、まさに一触即発。
どうなるのか楽しみ、と言っている場合ではなくなってきた。
(というか、いまのってわたしが大佐にヤラレそうになってカミラとナンシーに助けられたことよね)
あのときは、まだ本調子ではなかった。だから、大佐にされるがままだった。ほんとうにヤバかったのだ。
あのときのことを思い出すと、怒りがわくというよりか情けなくなってくる。そうすると、ときをさらにさかのぼって少佐のときのことも浮かんできた。
「フンッ! スチュー、きみは彼女に嫌がられているぞ。鬱陶しがられてもいる。つまり、きみは嫌われている。だから、もともと彼女の恋愛の対象ではない。それにくらべ、おれといるときの彼女はまんざらではない。その気になっている。あともうすこし時間をかければ、彼女はおれの虜になる。だれよりもおれを愛するようになる」
「そんなバカなことがあるものか? 自慢の『ザ・エージェント』から報告を受けていないのか? 彼女は、散々おまえの悪口を言っているんだぞ。わたしの方こそ、多少のわだかまりや誤解はあっても、そんなものは時間がどうにかしてくれる」
「いいや、そんなことはない」
「あるんだよ」
カーティスと大佐は、ついにつかみあいになった。




