夜這い?
「チッ」
無意識に、であろう。侵入者が舌打ちした。
その音は、静寂が支配する客室内ではやけにおおきかった。
実際のところは、ほんとうにわずかな音だったのだろうが。
侵入者は、音を立てた後には寝台の下を確認したに違いない。
この客室内は、クローゼットはない。もしも室内でだれかがかくれんぼをしようとすると、身を隠せそうなところは寝台の下しかない。
いずれにせよ、一般的には寝台の下に隠れるだろう。あるいは、寝台の下に隠れていると考えるだろう。
が、その寝台の下にもいないとすると……。
というか、この侵入者の狙いは、あきらかに盗みや強奪ではない。
わたし、である。
このわたしの魅力にまいっただれかが、夜這いでもしにきたのかもしれない。あるいは、わたしのことを気にくわないだれかが、殺しにきたのかもしれない。
可能性としては、残念ながら後者だろう。
目的や理由はともかく、侵入者はだれか? このことについては、わたしもわかっている。だから、彼の目当てが物ではなく、わたし自身だということを確信できる。
「ったく、なんのつもりだ? 降りてこいよ」
「なんのつもりですって? そのままそっくりお返ししますよ、少佐?」
聞いて呆れる。
こんな夜中に、いたいけなレディが眠っている部屋に窓から侵入するなんて、いったいなんのつもりなの?
全力で問いたい。
呆れ返りながら、飛翔した。
天蓋から、侵入者の頭上めがけて飛び降りた。
すでに愛用のナイフを抜いている。
これは、現役時代に特注した得物。細身の刃を持つレイピアに似ているけれど、より鋭く、それでいて破壊力抜群。こいつは、最高の相棒である。わたしを守り、敵を攻めてくれる至高の存在。
もっとも、夫はよりいっそう最高の相棒だし、至高の存在であるけれど。
そんなわたしの得物は、父方の縁者に鋼から打ってもらった特注品である。
父方の祖先は、遠い東の大陸の国で鍛冶屋をしていたらしい。しかも名鍛冶屋である。大剣や戦闘斧など、なんでもござれだったとか。
その国でしか産出されない鋼で打つ剣やナイフは、切れ味は鋭く、破壊力は半端なかったらしい。
名鍛冶屋がゆえに、王族をはじめ多くの人々の為に鋼を打ち続けた。祖先は、なにも武器を作る為だけに鋼を打っていたわけではない。生活用の為、つまり料理用のナイフ、はてはペイパーナイフまで、そういった日々の生活に必要なものも打っていた。むしろ庶民の為に鋼を打っていた、といってもいいかもしれない。
そんな祖先は、あるとき国内のいざこざに巻き込まれてしまった。国王の首を切り落とす為の剣を打ったということで、捕まりそうになったらしい。当然、捕まれば断頭台に立たされる。
祖先は逃げた。
逃げた先は、この大陸の東方にある王国だった。
その時代、そのあたりは戦争が絶えなかった。戦争、というよりかは実力のある者が上を目指し、謀略や簒奪や反乱や暗殺が横行し、国そのものが混沌としていたらしい。
驚くべきことに、祖先はそこで大成した。鍛冶屋は、どさくさに紛れて王族に近しい存在になったのだ。
いまの時代にはとうてい考えられないことが、その時代にはあったのだから驚きである。
その王国で何代にもわたって受け継がれたのは、鍛冶屋のスキルと人が羨む地位だった。
時代は移り変わり、子孫の代になった。その頃、皮肉にもまた昔と同じような混沌とした時代を迎えた。
結局、子孫は反乱軍や他国の軍によってすべてを奪われた。
そして、子孫の一部分はその国を捨て、他国へ逃れた。
またしても逃げなければならなかった。
自分たちの祖先と同じように。
その子孫たちの逃亡先が、このベイリアル王国なのだ。




