麗しき寝顔?
『しかし、きみは心配することはない。きみには、おれがついている。おれがきみをずっと守る。このさき、たとえおれたちが物理的精神的に離れることがあったとしても、どんなことをしてもきみを守り続ける。きみの記憶を消してあらたな記憶を与えても、おれはきみを守り続ける。そして、おれはきみをしあわせにする』
男の子は、そう言ってニッコリ笑った。
それは、男の子が大人になってもあまりかわらない笑顔だった。
その笑顔は、わたしが大人になってもいつも愛らしいもの。
その笑顔は、おたがいに大人になっても愛し愛されるもの。
まだ男の子だったベンの笑顔は、このときからわたしを愛し、大切にしてくれるものだったのだ。
「夢?」
飛び起きた。
カーテンを閉め忘れた窓から、陽光が燦燦と降り注いでいる。
「寝坊どころか、いったいどれだけ眠ってしまったの?」
頭を振りつつ、寝台から軽快に降りた。
先日の暗殺者たちの襲撃や少佐とやりあったときの影響は、ほとんど残ってはいない。
そのまま窓に近づき、ガラス越しに太陽と青空を見上げた。
今朝もいい天気である。
それだけは、なにもかわらないのだろう。
室内をさわやかな風で満たそうと、窓の取っ手に手をかけた。
そのときである。感じたのだ。
ある匂いを。
その匂いは、ほとんど消えかかっている。ほんとうにささやかな、というよりかはささやか以下の残り香。肉食獣なみに嗅覚が発達しているわたしでさえ、ギリギリだった。もうすこし起きるのが遅かったら、あるいは匂いのもとが長居をしなかったとしたら、嗅ぎ損ねたに違いない。そんな微妙な残り香である。
窓の取っ手から手を離し、全力で匂いを吸い込んだ。それこそ、室内の全空気を吸引する勢いで。
「間違いない」
つぶやいていた。
その匂いのもとは、眠りこけていた、というよりか意識を失っていたと同じ状態のわたしの側にいたのだ。しかも、わずかな時間とかしばらくの間とかではない。
かなり長時間いたのだ。
そう。この懐かしくて愛おしい匂いは、ベンのもの。
ベンが来たのだ。彼がここにきて、わたしの側にいたのだ。
「って、ずっと寝顔を見られていたの?」
自分でも顔が火照っているのがわかる。いや、顔だけではない。全身熱を帯びている。
恥ずかしい、なんてレベルではない。




