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あの頃に戻ったみたい

 いま、まさしくあのときそのままなのである。


 まるで昔に戻ったかのようである。


 わたしが現役の頃に。公私ともに充実していたあの頃に。


 なにより、ベンが生きていた頃に。


 ベンを愛し、ベンに愛されていた頃に。


 まるであの頃に戻ったかのようである。


 気まづく息の詰まりそうな、それでいてそのあとのベンとの逢瀬に胸をときめかせ、ドキドキしていたときと同じようなのだ。


 いまだ居間内をウロウロしているカイルを見た。その瞬間、彼の足が止まり、彼の体がこちらへと向いた。


 ドキリとした。


 ニューランズ伯爵家で、彼に「おれは、記憶喪失に陥っているベンではない」と宣言されたにもかかわず。それでもなお、彼に見られるとドキリとした。


 わたしは諦めが悪い。ついでに、往生際も悪い。


「スチュー。それならば、お言葉に甘えて客間を使わせてもらおう。しかし、おれのことも護衛要員たちのことも、気を遣わないで欲しい。おれたちにすれば、これはただの任務にすぎない。きみたち同様、仕えるべき者のために尽くしているにすぎないのだから」


 カイルは、わたしと視線を合わせたままそう告げた。


『それ以外に意味も意義もない。閣下の命令でなければ、きみ個人を守る義務や道理はないのだから。なにせおれは、ベンではなくカイル。おれは、きみの死んだ夫ではなく愛する妻と子としあわせに暮らす良き夫なのだから』


 そして、彼はわたしだけに告げた。口には出さず、心の中で。わたしに自分自身の心を読ませて。


 大佐がわたしの隣で身じろぎしたのは、カイルが言葉に出して告げたことにたいしての反応だったのか、あるいはわたし同様カイルの心の内を読んだ内容にたいしてのことだったのか、どちらかわからない。


 というよりか、わかるはずがない。


 それに、大佐のリアクションはどうでもいい。


「そもそも大佐がしっかりしていれば、カイルだけでなく護衛の人たちもいらなかったのよ。みんなに迷惑や負担をかけずにすんだのよ」


 わざと矛先を大佐へと向けた。しかもカイルを見つめつつ。というか、睨みつけつつ。


 カイルの心の中での忠告はスルーした。


 気がつかないふりはしない。彼がほんとうにベンであれば、わたしよりずっと心理戦に長けている。


 彼は、わたしが彼の心の内を読んだことに気がついている。


 二度に渡って告げられた事実。彼は、忠告という形で突きつけてきたのだ。


 はたして、カイルの言葉すべてを信じるのか? それで諦めるのか? ベンは死んだのだと納得するのか? 亡き夫を偲び、おとなしくすごすのか?

あるいは、「あなたの分まで生きていくわ」とふっきれるのか?


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