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侵入者

 自分の部屋に戻る際、大佐におやすみの口づけを、といっても唇ではなく頬にだけれど、「チュッ」としておいた。


 妻として、そのくらいはやっておいた方がいいだろう。


 せいいっぱいのことをし、とにかく一刻もはやくひとりになりたかった。


 三年間、ずっとひとりだった。ひとりぼっちでいるのが長すぎた。だから、他人といっしょにいると異常に疲れを感じる。


 寝台の上で横になりたい。


 ボーッとしたい。


 そんなことを望む自分を恥じた。


 同時に、不安になった。


(こんなことで大丈夫なの、わたし?)


 そんなふうに。


 とはいえ、共同の洗面所で顔を洗い、歯を磨いて部屋に戻って寝台の上に横になり、すこしだけと瞼を閉じたのがいけなかった。


 速攻で寝落ちしたのだ。



 それでもやはり、感覚は鈍りきってはいなかった。というよりか、かろうじて残っていた。


 どのくらい眠っていたのかわからない。が、これもやはり感覚によって、それほど長くはないとはわかる。かといって、寝落ちしてすぐではないということもわかる。


 窓から射しこむ月光と周囲の静けさ。そして、室内に漂う空気。これらから、他の客室の客たちが、夢の中をさまよい始めた頃だと推測できる。


 というよりか、「こういうことに慣れている者」は、たいていこのくらいの時間帯に動きだす。


「こういうことに慣れている者」というのは、こういった宿屋を専門にしている泥棒や盗賊も含めてのことである。


 とにかく、気配を察知した。


 部屋の中に、というわけではない。部屋の外である。ただし、扉の向こうの廊下にではない。窓の外にである。


 察知したときには、体が勝手に動いていた。


 そして、動いて終わり、自身の気配を消したと同時に窓が開いた。


 当然のことながら、窓に鍵はついていない。


 侵入者は、窓から身軽に入ってくるとまっすぐ寝台にやってきた。


 この寝台は、さほど広くはない。しかし、天蓋付きである。とはいえ、上流階級が使うようなご立派なものではない。あるいは、年代物の価値あるものでもない。


 天蓋付きの寝台など見たことがない旅人をよろこばせ、贅沢な気分を味あわせるような「一応天蓋かも」というような代物だ。


 侵入者は、こういうことによほど慣れている。足音をさせず、気配を絶っているのはもちろんのこと、かすかな呼吸音やわずかな衣擦れの音さえさせない。


 侵入者は、やっと音を立てた。


 寝台の上にだれもおらず、使われていない毛布にいましがたまでそこにだれかがいたという形跡しか残っていないことに気がついたのだ。


 そこにだれかが寝転がっていたという跡と、ほんとうにかすかなぬくもり。


 侵入者は実際に毛布に触れ、そのぬくもりを確かめたに違いない。



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