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カイルの「おれはベンじゃない」宣言

「シヅ」


 カイルがわたしの名を呼んだ。その声は、ささやくほどちいさな声量だった。


 ベンが、いや、カイルが部屋の扉を開けて待っている。


 仕方がない。彼との間接的な口づけのことは、諦めるしかなさそうだ。


 訂正。ニックに「いい夢を見てね」の挨拶をするのを諦めるしかない。


 カイルとともにニックの部屋を出た。


 廊下を階段へと向かっている彼の背中を、そこに穴があきそうなほど真剣に見つめている。というか、睨みつけている。


 階段まであと半分といったところで、彼の足が止まった。


 彼は、こちらへ振り返った。周囲へと視線を走らせたのは、無意識だったに違いない。


 いまこの空間には、わたしたち以外にだれもいない。盗み聞きや立ち聞きされていないことは、わかりきっている。それなのに確認してしまうののは、いわゆる職業病というやつである。


「シヅ、きみがおれのことを嗅ぎまわっていることはわかっている。そして、まったくその成果がないことも。いや、おれというよりか、ベンのことかな? きみは、じつはおれが記憶を失っているベンだと、そう信じている。いや、そう信じたいのだ。きみはそうであることを期待し、望んでいる。違うかな?」


 ベン、いや、カイルの美貌には、どのような感情もあらわれていない。いまの彼は、わたし同様無反応でいる。ただし、彼の場合はわたしとは違って反応できないのではない。わざと無反応でいる。はやい話が、感情を消しているのだ。


「おれは、そのこともわかっていた。最初からだ。だから、できるだけきみに関わらないようにした。きみにこれ以上過度な期待をさせたくなかったからだ。きみが真実を知ることになったとき、その分失望がおおきくなる。残念だが、きみがいくらおれのことを調べてもなにも出てはこない。カイル・ニューランズ伯爵としての情報しか出てこない。そして、きみの夫ベンのそれもだ。彼は任務に失敗し、秘密裏に抹殺された。そう考えた方がきみもラクになれるのではないか、シヅ? 三年? いや、それ以上だな。亡き夫を想い続けることは、けっして悪くはない。彼の幻影を追い求め続けるのもかまわない。しかし、そろそろ亡き夫ベンの魂から解放されてもいいのではないかな? もうそろそろきみ自身の人生を、前途を歩むべき時期だと考えるがね。きみがいまここにいるのは、その時期であるという神のお告げなものかもしれない。そう自分にいい聞かせ、納得させる努力をすべきなのではないかな?」


 カイルは、亡き夫ベンに外見が似ているだけでなく匂いや癖などすべて同じである。その彼の長台詞だ。しかし、せっかくだけど彼の口から書物の中でヒロインに語られるような台詞を聞いても、わたしには説得力もなにもない。


 そもそも彼が簡単に言ってのけたことができるくらいなら、とっくの昔にやっていた。


 ベンのことはさっさと諦め、あたらしいまったく違う人生を見つけていた。


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