推しのニックにまで心配をかけていた
カーティスに帰宅を許され、彼の前を辞した。
帰路、ニューランズ伯爵家に立ち寄ることにした。
この前の夜のように、また災厄を引き連れていくことになるかもしれない。本来なら、他に迷惑をかけることはしないほうがいい。しかし、エレノアが是非よって欲しいときかなかった。
『ニックが待っているの。シヅ、お願い。疲れているでしょうけど、彼に顔を見せてあげてちょうだい』
彼女は、そう懇願した。
そこまで願われ、それを無下にすることなどできるわけはない。
わたし自身、ちいさな天使ニックの笑顔を見たい。邪心も裏もない彼の笑顔で癒されたい。それを見れば、イライラもやもやムカムカがふっ飛ぶはず。
というわけで、お邪魔することにしたのだ。
なぜかデニスとクラリスまでついてきたけれど、それはそれで問題ない。
「シヅお姉様っ!」
ニューランズ伯爵家の重厚な玄関扉をくぐった途端、ニックが駆け寄ってきてわたしの足に抱きついてきた。
「プッ! シヅお姉様とはな」
この感動的な再会をぶち壊すかのように、すぐうしろで大佐がふきだした。
(あとで穏便に部下への非礼を正すこと)
そんな大佐について、頭と心にメモを残しておいた。
「ニック、心配かけてごめんね」
彼を抱きしめ返すといったん離れ、もう一度抱きしめた。
その最中、エントランスに集まってきているニューランズ伯爵家の使用人たちにアイコンタクトで謝っておく。
「シヅお姉様、大丈夫?」
「ええ、大丈夫。ほら、元気だから。それよりも、心配かけたりお見舞いに来てもらったのよね。ほんとうにありがとう」
ニックは、グズグズと泣いている。見惚れるほど真っ蒼な瞳から流れるその涙は、唯一真実のように思える。
いいや。真実だと信じたい。
「ほんとにごめんね」
彼の真実の涙の粒を見ているうちに、柄にもなくジンときてしまった。胸の辺りから塊が込み上がってくるのを阻止するため、というよりかごまかすため、ニックをもう何度目かギュギュギューッと抱きしめた。
それこそ、彼が圧死しそうな勢いで。
昔、小柄な老工作員をその殺人ハグで圧死させた経験がある。もちろん、その老工作員はターゲットだったのだけれど。
それはともかく、ニックは苦しかったかもしれない。
「ごめんね。ほんとうにごめんね」
ニックの真実の涙に応えるべく、わたしも心から謝罪した。
言い訳やごまかしはいっさいしない。ただ心から謝りたかった。
「デニス、スチュー。もう遅い。たいしたものはないが夕食をどうぞ」
カイルは、わたしがニックと感動の再会をしている間に彼の料理人に頼みに行ったらしい。
四人の来訪者の分も即座に対応できる、ニューランズ伯爵家の料理人はさすがである。
お言葉に甘え、夕食をよばれて帰ることにした。
カイルはさすがである。彼は、ブラックストン公爵家とわが家に、わたしたちの帰宅が遅れる旨の使いを送ってくれていた。




