胸が痛んでしょうがない
エレノアを抱きしめるカイルを見て、胸が痛んだ。ズキズキと鈍い痛みで胸が締めつけられた。
見ていられないはずなのに、他へ目を向けることができなかった。
エレノアを抱きしめるカイルを、いや、死んだはずの夫ベンを、彼女から引き剥がしたかった。引き剥がし、かわりにわたしを抱きしめて欲しい。
いや、わたしが彼を抱きしめたい。
わたしを心配するあまり、みんながハグしてくれた。しかし、カイルだけはハグどころか近づきさえしてくれなかった。それどころか、言葉のひとつもよこさなかった。
(あっ、大佐もハグはなかった。だけど、それはどうでもいい。その大佐でさえ、言葉をかけてくれた。まぁ、嫌味と皮肉と苦言と叱責だったけれど。それでも、一応心配しているふうは装っていた。それなのに、カイルは、いや、ベンは……)
「エレノア、すまない。誤解があるようだ。あれは、強盗だった。ただし、連中は金目のものだけでなく、場合によってはシヅをも害そうとしていたんだ」
「エレノア、カイルの言う通りだ。すまない。おれの言い方が悪かった。連中は、シヅが大金持ちの亡命者だと勘違いしていたらしい」
なんと、カイルだけでなくカーティスまでわたしのせいにした。というか、まるでわたしがニューランズ伯爵家に災厄を招き入れた悪者のように仕立てあげた。
たしかに、まったくの見当違いではないけれど。それでも、すこしだけ不本意だ。納得がいきそうにない。
「そうだったのね。だけど、シヅのことをどうして大金持ちだなんて勘違いをしたのかしら?」
エレノアは、彼らのバレバレの嘘をあっさり信じた。
しかも、彼女はわたしが「大金持ち」にはまったく見えないし、思えないらしい。
「イヤです」
一方的に悪者にされた腹いせではないけれど、キッパリすっきりハッキリ拒否した。
カーティスの「王宮ですごす」、という提案のことである。
王宮に縛りつけられ、つねに監視されるのは勘弁してもらいたい。自由を奪われるばかりか、外界との接触を断たれてしまう。具体的には、今後接触する必要のある謎の人物サミュエルと会うことができなくなってしまう。
それだけは、なんとしてでも回避しなければならない。




