セクハラにモラハラ?
「わたしが、その本人なのだ」
「はい?」
い大佐の知的な美貌には、憎たらしいほどさわやかな笑みが浮かんでいる。
「わからないのか? わたしが、その張本人だ」
「本人? いったいなにの本人なのです?」
「きまっているだろう。マクファーレン公爵家の四男のことだ。わたしがそうなのだ」
「はいいいいいいい?」
任務中は、けっして感情を表してはならない。ましてや、驚愕の叫び声をあげるなどぜったいにあってはならない。
「それほど驚くことか? わたしは、これでもれっきとした公爵子息だ。もっとも、『おまえは、四男だから諜報活動に向いている』という理不尽な持論でまわされたのが、カモフラージュ用の広報部だったがな。出世に縁のない、広報部のまとめ役の大佐というわけだ」
大佐は、心から可笑しそうに笑った。
彼との付き合いは、けっして短くはない。しかし、これまで心底可笑しそうに笑う彼を見たことがない。
大佐のことはともかく、じつは情報部は広報部を隠れ蓑にして活動している。表向きは、ちゃんと広報活動を行っているのだ。真面目に国の内外に軍のいいところやその活動を宣伝している。
ちなみに、わたしも広報部で広報を担当している大尉である。
「いまのうちに言っておく。現地の屋敷の使用人は、仲介人が地元の人間を雇っている。もっとも、その使用人たちはわたしたちを監視する同業者だろうがな。だから、現地では本物の夫婦を演じてもらう。あっちの方も含めてな。おまえなら、慣れたものだろう?」
その大佐のセクハラおよびモラハラ的発言は、スルーすることにした。
「それでもやはり、夫の役はわたし以外を望むか? たとえば、少佐とか?」
大佐は、またしてもさわやかな笑みを浮かべた。さわやかな笑声をあげるというおまけ付きである。
(大佐、違うのよ。夫の役についてではなく、夫婦という設定がイヤなの)
任務とはいえうんざりである。
正直なところ、いっきにテンションが下がった。
テンションがダダ下がりということは別にして、わたしも一度は引退した。というか、引退したと思っていた。
とはいえ、わたしもこの道のプロだった。
いまさら確認されるまでもない。
寝台の上でのエクササイズであろうと、必要であれば完璧に演じてみせる。
それがわたしなのだ。
隣国とはいえ、ベイリアル王国の王都からマクレイ国の国都へとなると、けっして近い距離ではない。
たっぷり二日はかかる。
一日目の夜は、国境に近い町で宿をとった。
その街は、国々を結ぶ大陸道に沿っている為、辺境の地といえど栄えている。宿屋や食堂は多い、しかも大きい。大きな市場もある。それらが軒を連ねている。その街の周囲には、町や村が寄り添うように点在している。
わたしたちは、その街で一番大きくて豪華そうな宿屋に宿泊した。
その宿屋にいたるまでに、大佐とヤッた。
ヤッたというのは、そういう意味ではない。
ひと悶着あった、という意味である。
つまり、意見の相違によるぶつかり合いだ。
揉めたのは、同じ部屋にするかしないか、である。
当然、大佐とわたしが同じ部屋にするかどうかのことだ。
大佐は、同じ部屋にするといってきかなかった。
が、わたしは違った。




