ああ、生きているのね
「そうだわ。ベンが、夫が助けてくれたのよ。ベンが、彼がわたしのもとに帰ってきてくれたのよ」
勢いよく起き上っていた。
眠りすぎたときのような倦怠感はあるものの、痛みや苦しみはない。
「せっかくベンに会えたのに、彼が戻ってきたのに、今度はわたしが死んで彼をひとりにしてしまった」
なぜか両手を見つめた。書物の中で、ヒロインがよくやるように。いつもそういう場面を読むと、どうしてそんな無意味なことをするのだろうと違和感を抱いたものである。
いまわたしは、まさしくそれと同じことをしている。
結局、ヒロインは自分自身の気持ちを盛り上げるためにムダに両手を見つめるのだ。
いまのわたしと同じように。
そんな書物の中のヒロインに「あるある」はどうでもいい。
見つめた自分の両手は、ベン同様分厚くてタコだらけ。汚くて醜い。
「ベン……」
つぶやいていた。いいや。心からの呼びかけといってもいい。
「感傷に浸っているところ悪いが、発言していいか?」
そのとき、そんなわたしの盛り上がりに水を差すかのように、大佐のムカつくほど冷静な声が耳に飛び込んできた。
彼の声には、イライラがハッキリくっきりスッキリわかった。
一応、彼を見上げた。
「目が覚めるなりうるさくてかなわん」
彼は、わたしを睨み下ろした。
とても横柄でエラそうだと思った。なに様だとも思った。
大佐様、ってところなんでしょうけれど、ちっともたいしたことはない。
「まず、おまえは死んでいない。ここは、おまえの自室だ。それから、エレノアとニックは無事だ。おまえは、あの事件から三日三晩眠り続けた」
大佐は、おおきな溜息をついた。
「あいかわらず、おまえの治癒力は野性の獣並みだな。あれだけの傷や打撲を負っていながら、三日三晩眠ったら『あーら不思議』。ほぼ完治するとはな。医師も薬師もビックリだ」
「あ……」
忘れていた。
わたし自身の治癒能力のことを。
とはいえ、書物にでてくる聖女の力や治癒魔法のように、他人の傷や病を癒せるわけではない。というか、それは試したことはない。
わたしのは、自分自身の治癒力である。
病やケガは、どれだけひどくても寝てれいばすぐに治ってしまう。多少は薬草を煎じて飲んだり貼ったり塗ったりはすることはある。しかし、基本的には一夜眠れば治ってしまう。
不可思議な体質だけど、この世界で生きる上でおおいに助かっている。
もっとも、それも死んでからではどうしようもないだろう。
死からの再生。それも試したことはない。生き返りや復活は、書物の中だけの話に違いないから試したいとは思わない。
「忘れていました。では、わたしは生きているのですね?」
まるで他人事のようだったけれど、いまはっきりと自覚した。




