そして、最愛の夫ベンの前で死んだ
(これが死を覚悟した者の特権なのね)
これまで、先輩や同僚の最期を見たことがある。
中には、普段以上の膂力や能力を見せてくれた人がいる。信じられないほどさわやかな笑顔や表情で死んだ人もいる。
いまのこの状態がそのときの彼らなのだ。
そのときには相棒を握ったまま腕を広げ、三本の刃がわたしの体を貫きやすいようにした。あくまでも突かれるか刺されるかしなければならない。刃を体で受け、それが体から抜けないようにしなければならない。刃を体から引き抜くまでの間に、最期の力で暗殺者たちを殺るのだ。
これぞ捨て身の戦法。
というか、いまのわたしには、もうこれしかない。
と言っている間もない。三本の刃が容赦なくわたしの体を突こうとした。刺さろうとした。
視界の隅、というか意識向こうで扉が開いた。エレノアが続きの間との扉を開けたに違いない。
「ギャッ!」
「グフッ!」
「ガフッ!」
死の覚悟の中、三つのくぐもった悲鳴が耳に飛び込んできた。
「シヅ、大丈夫か?」
そして、つぎに耳に飛び込んできた声。
耳を疑った。そのつぎには、幻聴かと思った。
死を覚悟して瞼はとじないはずだったにもかかわらず、瞼を閉じてしまっていた。
おそるおそるそれを開けた。
目の前に刃はなかった。体にも突き刺さっていない。
眼前にあるのは、見慣れた背中だった。
それは、わたしがピンチを迎えたときにかならず見た背中だ。
夫ベンの背中。
わたしを守り、助けてくれた背中。
いま、その背中がすぐ目の前にある。
その背中は、間違いなくベンの背中だった。
うれしさや驚きや懐かしさやせつなさなど、あらゆる感情が体中に沸き起こり、いっぱいになった。その瞬間、それらがひとつになって大爆発を起こした。
「ベンッ!」
ベンの名を呼ぶ自分の声が耳にうるさいほど響いた。
同時に真っ暗になった。
ベンに、死んだはずの夫に、敵国の見知らぬ美人を娶り子をなししあわせに暮らしている旦那に、記憶を失っている最愛の人に、せっかく再会できたというのにまた離れ離れになってしまう。
遠のいていく意識の中、死にたくないと心の底から願い、望み、懇願した。
そして、ついに意識が途絶えた。
わたしは、死んだ。
最愛の夫ベンの目の前で命を落としたのだ。




