死を覚悟する
(もうっ! このシャツ、気に入っていたのに。もう着ることができないわ)
今日、牧場でバーベキューをした際、はしゃぎまくり焼きまくり食べまくった。そして、盛大にソースを巻き散らかしもした。そのせいでシャツにバーベキューソースが点々と、ところどころはたっぷりとついてしまった。すぐに牧場のスタッフが対処してくれたけれど、とりきれなかった。
そして、いまである。バーベキューソースに加え、血がついてしまっている。
暗殺者たちの、それからわたし自身の。
そして、シャツにとっての致命傷は、たったいま切り裂かれたもの。
(このシャツ、祖国から持ってきたものなのに。死んだはずの夫ベンが好んで着ていたブランドのシャツなのに)
着心地や機能性がよすぎて、男物を着用しているのだ。
「あ……」
シャツのことを嘆いている間に、ごくごくちいさな声がでていた。
あろうことか、床に尻もちをついていたのだ。
シャツのことを考えていたから、あるいは体力が尽きたのか、とにかくふたたび三本の刃が襲ってきたタイミングで、尻もちをつくという究極のミスを犯してしまったのである。
(ハハハ。これでジ・エンドね)
あっさりしたものである。
瞼を閉じるなんてことはしない。意地でも閉じてやらない。自分の最期のときくらい、自分の目にしっかり焼き付け、死んでやる。
いや、まだだ。死ねばすべてが終わってしまう。わたしだけではない。エレノアだってそうだし、ニックもそうだ。ふたりも殺されてしまう。ふたりが殺されれば、カイルも終わるだろう。
もしもふたりを永遠に喪うことになれば、カイルはみずからの命を絶つか、あるいはあらゆるものを絶ってしまうだろう。
そんなことはさせない。させてはいけない。
カイル、いや、記憶を失っているであろうわたしの夫ベンには、そんな絶望感や喪失感を味あわせたくない。
とはいえ、これ以上体は動きそうにない。すくなくとも、いままでの三分の一も動かないだろう。
(いいや、できる。最期の力を振り絞れば、せめて相討ちにはできる。いいや、やるのよ)
みずからの体を盾にすれば……。
そう決心すると、急に心と体がラクになった。クリアになった。軽くなった。




