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第7話 円卓ケーキ


 部屋のドアをノックされ、使用人からトトの帰宅を告げられる。

 しばらくしてから、彼女が応接室に現れた。


「失礼します。ただいま戻りました」


 深紅の髪を編み込み、後ろでまとめられた彼女は、淑やかさがあるものの、前に会った時とは違った愛らしさがあった。まだあどけない顔立ちも相まって、ちょっと背伸びしてみた印象だ。


「リリーベル伯、ご無沙汰しております。ご招待したのにお出迎えができず申し訳ありません」

「お久しぶりです、ラピスティア侯爵令嬢。どうか、お気になさらず。あ、そうだ。こちらは私の弟、ガイアです」


 ルークが簡単に紹介すると、ガイアはにっこりと微笑む。


「初めまして、ラピスティア侯爵令嬢。いつも兄がお世話になっています。先日のパーティーでは兄を見つけてくださりありがとうございました~」


 ガイアがそう挨拶すると、彼女はぎょっと目を見開く。


「り、リリーベル伯の、お姉様かと思いました……」

「「よく言われます」」


 ルークとガイアは声を揃えて答え、グレンとシルベスターが失笑した。


「ああ、トト。お母様を送り届けてくれてありがとう。疲れているだろう? こっちに座って」


 グレンはトトを呼び寄せると自分が座っている席を譲って立ち上がった。


「シルベスター、それからガイア殿も。ちょっと話し合いたいことがあるから来て欲しい」


 ガイアは少し驚いた顔をしていたが、ルークとトトの顔を見てなぜか納得したように頷いた。


「じゃあ、アニキ。また後でね」


 さっさと席を立った弟は、グレン達と一緒に退室してしまった。

 室内に残されたルークとトトは向かい合って、気まずげに笑い合う。


「ラピスティア侯爵夫人をマイルズ家に送り届けに行ったとグレン様から聞いています。何やら忙しい時に来てしまったようで申し訳ありません」

「い、いえ! むしろ、ご招待したのに帰宅が間に合わず失礼しました。あの、兄と弟は何か変なことは言っていませんでしたか?」


 何やら焦った様子で訊ねられ、ルークは思案する。


(お母様のこととか、トゥール王女のこととか、魔眼の話とかしたけど……どれのことだろう?)


 答えに悩んでいると、トトはさらに言葉を続けた。


「うちの兄弟達がリリーベル伯をいたく推していまして……。ご迷惑をおかけしていませんでしたか?」

「あはははは……とても光栄なことです。御迷惑なんてとんでもない。兄弟共々、グレン様とシルベスター様にはよくしてもらいました」


 彼らが婚約うんぬん言っていたことは黙っておく。嬉しいことではあるが、家族の要望で婚約を決めるようなことは、彼女にさせたくない。


「ほ、本当に?」

「ええ」


 そうルークが頷いた後、再び気まずい空気が流れる。何か話題はないかと頭の中の引き出しを開けていると、トトが「あっ」と声を上げる。


「そういえば、アーロイ義兄様からお菓子を預かってきました! ご用意して!」

「あ、どうぞお構いなく!」


 緊張のせいかトトの慌てた様子にルークもなぜか釣られてしまう。そんな落ち着きのない二人に侍女が紅茶と菓子を運んできてくれる。それはアールグレイの香りがするシフォンケーキだった。


 一見、なんの変哲もないお菓子だが、切られてないホール状のスポンジと山のように盛られたクリームの皿が別に用意されていたのを見て、ルークの喉から「うぐっ」と呻くような音が鳴った。

 その音がトトに聞こえてしまったのだろう。


「もしかして、リリーベル伯は甘いものが苦手でしたか? 三人でよく食べていたと聞いて、クリームも甘めのものを用意したのですが……」


 彼女からすれば、アーロイが持たせてくれたものなのでルークの反応に驚いただろう。きっとアーロイもさりげなく渡してきたに違いない。


「い、いえ! むしろ、甘いものは好きです。そのシフォンケーキもよく食べてました。ただ……アーロイ様が用意したとなると、話が変わってきまして……それは三人の間では円卓ケーキって呼んでいる、あまり甘くないシフォンケーキなんです」

「甘くない……? それに円卓って丸テーブルみたいだからですか?」


 不思議そうな顔で切られていないシフォンケーキを見るトトに、ルークは面布(かおぎぬ)越しに苦笑する。


「はい。殿下は甘党、アーロイ様は甘いものが苦手で、私は二人の中間ってところでして。三人でお茶をする時はお茶菓子でよく揉めていたんです。そこで折衷案としてお茶会のお菓子は、甘さを控えたシフォンケーキと甘めのクリームを一緒に出すことにしたんです」


 当時、甘党のクラウドは『アーロイは年上だろ! 年下にお菓子を選ぶ権利を譲るべきだ!』と言い、それに対してアーロイは『殿下、将来国王になった時、国賓を歓待する立場になるのです。人を慮るということを今から覚えるべきです』と言いくるめようとし、ルークは『間! 間を取りましょう! 足りない甘さは後から補えばみんなで仲良く食べられますよ! 多分!』と二人に交渉した。


 その結果、甘さを控えた紅茶のシフォンケーキがお茶会の定番となった。昔はプレーン派だったが、今ではこの紅茶味のシフォンケーキと、クリームを好きに調節できるこの方式が気に入っている。


「さすがにもう揉めるような歳ではありませんが、今では誰かがこれを用意した時は『腰を据えて話し合おう』という合図になっています。円卓ケーキという呼び名も、円卓会議からとっているんですよ」


 ルークの顔がこうなってしまった当初、手土産に円卓ケーキを持って現れたルークに、クラウドとアーロイは「さてはお前、ルークだな⁉」と叫んだ。三人にとって、このケーキはそれだけ馴染み深いものだった。


「すごい思い入れがあるケーキだったんですね」


 トトもまさかそんなものを手渡されたとは思ってもなかっただろう。ルークはなんとなく、アーロイの気遣いと圧力を円卓ケーキから察した。


「はい。きっと口下手な私の為を応援するつもりで用意したんだと思います」


 前のお見合いでルークが婚約に及び腰だったのを気にして用意したのだろう。トトとたくさん話して仲良くなれと。なんともアーロイらしい気遣いだった。


「もちろん、このシフォンケーキは美味しいので大好きです。いただきます」


 切り分けてもらい、クリームを添えていただく。紅茶の風味にクリームの甘さが絶妙だった。

 今ではクリームがなくても食べられるが、子ども舌だった幼少のルークは、紅茶の味は食べ慣れず、甘さも物足りなかった。

 クラウドとクリームを分け合って食べたのはいい思い出である。


『ほらルーク、先にクリーム盛りな』

『ありがとうございます、殿下』

『ふっ、大人げないアーロイと違って、オレは優しいし、お兄さんだからな!』

『ルーク、殿下の言葉を鵜呑みにしてはいけない。本当に優しい兄は、そんな恩着せがましいことを言いません』

『本当に嫌な性格だよな、お前!』


 懐かしいやり取りを思い浮かべながら、ルークは思う。


(ガイアのおかげか、お二人に言霊の影響が薄くなってよかった。お二人にまで嫌われたら、本当に人間不信になるところだった)

「ふわふわで美味しいです。アールグレイの風味もいいし、甘めのクリームも最高です!」


 感激した様子でシフォンケーキを口に運ぶトトが微笑ましく、ルークはほっとした気分だった。


「ええ、本当ですね。あの、ラピスティア侯爵令嬢」

「はい」

「改めて、お礼を言わせてください。マイルズ家でのパーティーで私を見つけてくださり、そしてお友達になってくださり、ありがとうございました」


 初めて出会った時も、お見合いの時も、きちんとした礼を言っていなかったルークは、頭を下げた。


「リ、リリーベル伯! そんな改まって礼を言われるようなことでは! 本当に具合が悪そうでしたし、当然のことをしたまでのことで……」

「いいえ、あなたにとって当然のことでも、私にとってとても重大なことだったんです。私は、この面布(かおぎぬ)がなければ、親兄弟にすら不審な目を向けられてしまいます。前回のお見合い相手には逃げられてしまいましたし……そのくらい、この顔は異質な物なんです。たとえ、あなたの目には私の顔が映っていても、私に手を差し伸べ、曰く付きの私を普通に接してくれることがとても嬉しかったんです」


 魔法薬を飲まされた日から、ルークの世界は一変し、仲のいいクラウドやアーロイ、そして弟のガイアに対しても少しながら警戒心を持って接していた。


 ──ルーク・リリーベルだと信じてくれないのではないかと。


 長い年月をかけて築いた絆は、どうにか取り留めた。しかし、得体の知れない魔女の影が大きく、決して安心できる状況ではない。

 そんな中で、彼女は希望の光とも言える存在だった。


「不肖の身ですが、これからも仲良くしていただけたら嬉しいです」

「も、もちろんです! えーっと、リリーベル伯」


 彼女は落ち着きのないように口を開く。


「きょ、兄弟達のようにルーク様と、下の名前でお呼びしてもよろしいでしょうか? そ、そのお友達ですし、リリーベル伯は弟様がいらっしゃいますし……」


 他人が聞けばなんてことのない提案だったが、ルークは虚を突かれた気分だった。しかし、考えてもみれば、友達なのだから肩書で呼び合うのも堅苦しいだろう。


「……はい、ぜひ。では私もトト嬢とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「はい、ルーク様」


 彼女が頷き、ルークの心臓がどくんと跳ねた。

 久々に身内以外の女性に下の名前で呼ばれたが、どこか落ち着かない。そして脳裏にトゥール王女の顔が浮かんだ。


(女性に呼ばれ慣れてないからか、なんか妙な感覚だ……あの時のことを思い出すからかな? まさかこれも言霊の力のせいとか言わないよね?)

「ルーク様?」

「あ、はい!」


 不意に呼ばれて返事をすると、トトは緊張で顔を強張らせて言った。


「じ、実はルーク様にお願いがあるのですが……」

「?」


 トトはじっとルークの面布を見つめる。


「お、お友達なので面布は取ったままお話したいなーっと……も、もしルーク様が嫌でなければなのですが!」

「失礼しました。トト嬢は私の顔が分かるんでしたね」


 ルークは面布に手をかけたが、いきなり面布を取るのは憚られたため、面布をめくった。

 視界が明瞭になり、トトの顔がさらにはっきりとする。彼女はほっとした表情を浮かべた後、恥ずかしそうに笑った。


「ありがとうございます。面布に表情が書いてあっても、やっぱり相手の顔が見えると落ち着くので」

「………………」


 トトと目が合ったルークは、すっと面布を戻した。


「え、ちょ、ルーク様⁉ もしかしてお顔を見られるのが嫌でしたか⁉」

「す、すみません! ずっとつけていたままだったのもあって、じっと顔を見られるとちょっと不安で!」


 ここずっと面布がなければ、家人にすら不審者扱いされていたのだ。彼女が自分の顔を認識できると分かっていても、ずっと顔を(さら)すのは少し不安が残る。それになぜか頬が熱い。以前のお見合いで顔を晒した時にはそんなことはなかったのに。


「私も顔を隠してない状態に慣れていくので、気長にお付き合いください!」

「わ、分かりました! でも、無理はなさらないでくださいね!」

「ありがとうございます! 頑張ります!」


 熱くなった頬を冷ますように自分の頬を触りながら、ルークはふと思った。


(そう言えば、彼女は私の顔についてご兄弟達から何か聞かされているだろうか)


 社交界で広がっている噂のせいで表立ってルークに顔について事情を聞く者はいない。聞かれたところでおいそれと口外できないものなので、前にお見合いした相手にも「聞いたら墓場まで持っていくように王命を受けている」と話した上で相手から事情説明を断られた。


「トト嬢は……私の顔について、侯爵やご兄弟から聞いてますか?」

「いいえ。一度訊ねたことはあるのですが、守秘義務だと言われました。ただ、父も兄も弟も『彼は何も悪くない』と口を揃えて言うのでご苦労されたのだろうなと……」

「……すみません、本来話すべきだとは思うのですが、私も王命を受けているのでおいそれと口にできず……」

「いえ! 我が家ではそういったものの扱いは多いので、気にしていません! 社交界に流れている隣国の王女に不貞を働いたっていう噂だって、デマなんですよね?」

「はい。断じてそのようなことはしていません……」


 それを聞いたトトが「よかった」と胸を撫で下ろしたのが分かった。いくら家族の勧めがあってもお見合い相手にそんな噂があれば、気になるだろう。


「私から言えることは、自分の顔に特殊な力が付与されているということです。そして、その力に影響されない目を持っているのがトト嬢、あなたです」

「…………」


 トトは何か考えるように小さく俯いた後、顔を上げてじっとルークの顔を見つめた。


「ルーク様」

「はい」

「私、ずっと魔眼を持たない『一族のはぐれ者』と言われていました。正直に言うと、私だけがルーク様の顔が認識できると言われてもにわかに信じられません」


 家族が分かりやすい魔眼だったからこそ、余計に周囲から言われていたと聞いた。実際、彼女はルークと出会うまで自分の魔眼の存在に気付かなかった可能性すらある。だから、余計に信じられないのだろう。お見合いをした時も、半信半疑の様子でルークの顔について確認をしていたくらいだ。


「なので、もう一度。面布を上げてもらえますか?」

「わかりました」

 ルークは再び、面布を上げる。真剣な顔でトトはルークの顔を見つめ、そして言った。


「銀髪、ちょっと垂れ目の琥珀色の瞳。左目尻の二つのほくろ。これがルーク様のお顔ですね?」

「はい」

「だけど、誰もルーク様のお顔が分からない。顔を見る度に別人に感じるということですね?」

「そう言うことになります」

「なるほど……」


 彼女は少し考え込むと、小さく首を傾げた。


「今の私には、ルーク様の顔が分かるとしか言えません。もしかしたら……本来の使い方が別にあって、ルーク様のお顔がはっきり見えるのは魔眼の副産物かもしれません」

「……と、言うと?」

「常に魔眼の力が働いている父とは違って、兄達は使いどころを選べるんです。魔眼の影響なのか千里眼の兄は誰よりも視力がいいし、未来視の姉は直感が働きます。弟の感受性が高いのも、過去視で相手の記憶を遡るからだと思います。」


 彼女は「憶測にすぎませんが」と最後に付け加える。


「自分の魔眼を知ることもそうですが、私の目に本当の使い方があるのなら、私はルーク様のお役に立ちたいとも考えています……そ、その……お友達! ですから!」


 そう言った彼女の顔は少し赤い。心強い彼女の言葉に、ルークは肩の力が抜けた気分だった。


「トト嬢、ありがとうございます……」


 そうルークが言うと、トトは水色の瞳を丸くさせた。一体何を驚いているのだろうとルークが思っていると、彼女はそっとルークに手を伸ばし、そのまま面布を下ろした。


「え、どうしたんです、急に⁉」

「す、すみません! なんか、改めて友達って口にすると急に気恥ずかしくなってしまって! わ、私もちょっとずつ慣れていきますね!」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「あと、シフォンケーキのおかわりはいかがですか!」

「いただきます!」


 二人はわたわたしながら皿に乗ったシフォンケーキにクリームを塗るのだった。


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