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第6話 お茶会

 

 何度か手紙のやり取りをしていると、近い日に彼女の屋敷でお茶をすることになった。

 二人きりというわけではなく、お見合いで会わなかった彼女の兄と弟が一緒らしい。トトからのお茶のお誘いに喜んでいたルークだったが、ガイアはトトの兄弟も同席と聞いて顔色を変えた。


「どう考えても品定めでしょ、これぇっ!」

「ガ、ガイア、落ち着いて!」

「恋人未満の男女が二人きりなのは気まずいから知人も交えてお茶っていうのは分かるわ……だからって、身内の野郎二人が同席ってどうなの⁉ アーロイ様と奥さんだっているでしょ⁉」

「いや、アーロイ様の奥様はお子さんが小さいし、無理させられないでしょ? それに彼女の弟のシルベスター様にはトゥール王女の一件でお世話になったじゃないか」


 憤慨する弟をルークは畳みかけるように宥める。


「彼の魔眼、過去視のおかげで、私が薬を盛られたことも、不貞を働いていないことも証明できたんだ。他意はないよ」


 シルベスターの過去視は、他者の視覚情報を遡って見ることができる。相手の主観視点であり、声や音の情報はない。さらにいえば、古い記憶を遡るのには時間がかかるため、使いどころが限定されるが、彼のおかげでルークの身の潔白が証明できた。


「それに雫持ち同士、ガイアも一緒にって書いてあるよ? だから、一緒に行こうよ。私もガイアが一緒なら心強いし。ね?」


 ガイアは唇を尖らせた後、つんと顔を逸らした。


「しょうがないわね。野郎ばかりで女が一人じゃ、むさくるしいだろうし、アタシが花を添えてやろうじゃない。そうと決まれば衣装選びよ!」


 機嫌を取り戻した弟にルークは安堵を漏らし、ガイアの衣装選びに付き合うのだった。


 ◇


 お茶会当日、ラピスティア侯爵邸にやって来たルークとガイアだったが、二人を迎えたのはトトではなく、彼女の兄、グレンだった。


 深紅の髪に水色の瞳は彼女と同じ。線の細いルークやガイアよりもしっかりとした体格をしている。


「ルーク殿、ガイア殿、先日の夜会ぶりだ。本日は我が家にようこそ」

「先日はどうも。こちらこそ、招待くださりありがとうございます」


 軽く挨拶を交わした後、グレンは苦笑しながらこう言った。


「本来なら妹が出迎えるべきだが……妹は急用があって外に出ている。もうしばらくしたら帰ってくるから、先にお茶の席に案内しよう。こちらだ」


 グレンの後について行くと、応接室に案内される。

 そこにはすでに席についている人物がいる。彼と同じ深紅の髪と水色の瞳を持った少年だ。


「シルベスター。ルーク殿達がいらしたぞ」


 名前を呼ばれた少年は、表情を明るくさせ、こちらに向かって歩いてくる。


「おひさしぶりですルーク様!」


 彼はラピスティア家の末っ子シルベスターだ。子犬のような印象を持つ彼は、ニコニコしながらルークに握手する。


「こちらこそ、今日はお招きくださりありがとうございます。シルベスター様は約半年ぶりですね。あの時は本当にお世話になりました」


 シルベスターはガイアよりも年下だが、半年前に比べるとぐんと背が伸びた気がする。彼は少し照れた顔をした後、隣にいるガイアを気にしているようだった。


「シルベスター様は初めてお会いしますね。弟のガイアです」

「初めまして、シルベスター様。うちの兄が本当にお世話になりました!」


 頭を下げるガイアに、シルベスターはぽかんとした顔でルークとガイアを交互に見つめる。


「ルーク様の弟が来るって聞いたのに、お姉様が来たのかと思った!」

「よく間違えられます」


 今日のガイアはトトと初めて会うため、ばっちり化粧を決めてきた。おまけにルークと年が一つしか変わらず、兄よりもしっかりしているせいもあり、姉と間違えられることが多い。当の本人も、可愛い自分が好きなので姉と間違えられて上機嫌にしている。

 四人は席につき、お茶とお菓子を出され、先に口を開いたのはグレンである。


「本当はトトがルーク殿と二人でお茶をするところを、私とシルベスターが無理言ってガイア殿も呼んで五人でお茶をすることにしたんだ」


 それを聞いて、ルークは苦笑する。


「こんな出で立ちの男ですから、グレン様やシルベスター様が心配されるのも無理ありません」

「いやいやいや! ルーク殿の人柄は知ってますから!」

「そうです! うちの父が直視できないほどの善人ですし」


 高速で首を横に振って二人は否定し、グレンが咳払いする。


「そもそも、同席したかった理由はトトの魔眼について話がしたかったんだ」

「彼女の魔眼ですか?」


 意外な話題にルークは驚く。それは隣にいたガイアもそうだったようだ。そもそも、弟は今回のお茶会を品定めではと疑っていたのである。


「うちは魔眼一族って呼ばれているけど、親子二代続いて分かりやすい『魔眼』だったせいで、周囲は妹に星が雫を落とさなかったって思っている。ただ、魔眼を持っていると分かれば、トトの生き方は一変する」

「あー、分かる気がするわ……」


 ガイアは遠い目をしながら、呟くように言った。


「アタシも、雫持ちって分かってからお守り扱いされたもの」


 ガイアが幼い頃、雫持ちであることが分かってから、知人達に「ガイアの力にあやかりたい」と言われ、曰く付きの屋敷に泊まったり、独りでに動く人形を預かったりして魔除けのような扱いを受けていた。

 ガイアの言葉に、グレンが頷く。


「一応、トトは決まった相手がいない状況だ。ルーク殿と婚約できれば、我々も不安がなくなるのだが……ルーク殿、友達と言わず妹どう?」

「今なら新しい兄と弟もついてくるよ?」


 斬新な売り込み文句に面布越しで失笑してしまった。家族を預けられるほど信頼を寄せてくれているのは分かるが、ルークは「本心では彼女は嫌がっているのでは?」という不安が拭いきれない。


「笑ってしまってすみません。お気持ちは嬉しいのですが、私は色々厄介ごとを抱えている身なので性急に婚約をするつもりはないんです。政略的なものでもありませんし、互いの考えをすり合わせてからの方がいいと……思うんですよね」


 婚約手前までこぎつけた相手に『初めから婚約に乗り気じゃなかった! 婚約しろってお父様が言ったから仕方なく頷いたの!』と言われたことをルークは思い出す。


(自分の為にも相手の為にも同じ悲劇を繰り返してはならない。絶対に!)


 ルークはそう心に誓っていた。


 お見合いをしているのもクラウドとアーロイ、そしてガイアがルークの顔がいつ戻るか分からない以上、早めに相手を探した方がいいとルークを急かしているだけである。


「というか、なんでうちの兄にそんなに信頼を寄せてくれるんです? 確かに顔のことさえなければ、非の打ちどころのない自慢の兄だけど」


 後半のブラコン発言はともかく、ルークもガイアの疑問に同意せざるをえない。


「なんでってねぇ、シルベスター」

「ねぇ、グレン兄様……」


 彼らは顔を見合わせたあと、どこか遠い目をして言った。


「お父様から『善人』のお墨付きをもらっていることもあるが……姉の()()と長年友達やっているだけで十分信頼がある」

()()は人使い荒いですし、おまけに笑顔が怖いですし……」


 義兄のアーロイに対して散々な言い様だが、ルークとしては彼らに共感する。


 アレ扱いされているアーロイは、昔はもっと人の扱いが雑だった。


 アレ持ってきて、これ渡してきてはまだ序の口。幼少期、昆虫採集が趣味だったクラウドに対して、アーロイは虫が苦手で、「互いに足りない所を補うのは仕事の一環だ」などと上手いことを言って、虫の捕獲の手伝いや世話はルークに押し付けていた。


 クラウドが婚約者に昆虫をプレゼントしようとしていた時は「虫が入っていた箱なんて触りたくない。挿げ替えは任せた。お前の分のプレゼントはオレがどうにかする」と一番面倒な作業を丸投げされたのである。


 その後、中身が挿げ替えられたことに気付いて首を傾げるクラウド対し、口下手なルークと違って口八丁手八丁な彼のおかげで、どうにか誤魔化しきった。


 あまりの雑さに見兼ねて周囲の大人が諭すこともあったし、彼自身にも成長があったのか、今ではだいぶ相手に手心を加えている。


「一応、庇っておきますが、アーロイ様はあれでも丸くなった方なんですよ……?」

「丸くなってアレなのか。オレは姉がアレを屋敷に連れてきた時ほど絶望したことはない……」

「正直、お父様が姉の結婚を認めたことが今も不思議でしょうがないです」

「わ、悪い人ではないですから! どうか仲良くお願いします!」


 慌てて庇うルークが面白かったのか二人は声を抑えて笑う。


「さすがに冗談だ。今はちゃんと仲良くやってるよ」

「そうそう」


 本当に大丈夫かと兄貴分の親戚付き合いに不安を覚えたが、アーロイならどうにかできるだろうとルークは問題を隅に置くことにした。


「まー、アーロイ様の性格はアレだけど、本当にそれだけですか?」


 ガイアが怪訝な顔で訊ねると、肩を竦めたグレンは使用人達に目配せし、退室させた。


 そして、ため息交じり口を開く。


「そもそも、不思議でしょうがないんだ。社交界では噂が絶えないものだが、『社交界の陽だまり』と言われていたリリーベル伯がたった半年で爪弾き者だ」

「それは、王妃を懇意している貴族達が……」

「あれらが流した噂だとしても、元々人徳だってあっただろう? 普通であれば『あの人がそんなことをするはずがない』とどこかで噂は止まるはずだ。ましてや王太子の友人だぞ?」

「いや、その……グレン様は私を過大評価してません……?」


 身内に言われるなら家族の欲目と思えるが、他人に言われると居心地が悪くなる。褒められて嬉しくないわけではないが、ルークは大した人間ではないことを重々承知している。なんせ自分の兄貴分の二人は自分よりも才能と地位に恵まれているのだ。

 しかし、グレンは首を横に振る。


「むしろ、ルーク殿は過小評価すぎる」

「そうですよ! そのお顔の件だって、ルーク様が『下っ端如きにそんな……』って遠慮する必要はなかったんですよ!」


 トゥール王女がしたことは、本来もっと大きな問題に発展するはずだった。下っ端とはいえ、王太子の友人。ましてや魔法薬などという魔訶不思議な薬を持ち込まれ、宮廷を騒がせたのだ。今後の国の友好関係のためにも穏便に物事が進むよう国王に配慮してもらった。

 今回の件に関わっているシルベスターはルークに同情しているようだ。


「そのおかげで隣国に大きな貸しを作れたんです。下っ端の貴族としては上々の結果です」

「アニキ、謙遜を通り越して卑屈になってるわよ。でもグレン様の言う通り、アニキの外聞が悪いのは確かなのよね。お父様とお母様が別宅に移ったのは、周囲からアニキの悪口叩かれまくって疲れたわけだし……親戚すらも噂を鵜呑みにしてるのよ」


 ガイアの言う通り、「トゥール王女に不貞を働いた」という噂を真に受けた親戚を含めた貴族達から総叩きに遭い、心身ともに疲れ果てた両親は田舎の別宅へ移り住んだのだ。


 それを聞いたグレンは、納得したように頷く。


「やはりか」

「え?」

「ここだけの話だが、うちの母親も同じようにルーク殿の噂を信じ切ってしまっていて、今回のお見合い話に猛反対している」

「えっ⁉」


 思わずルークは部屋の外へ目を向けると、シルベスターが慌てて口を開く。


「あ、安心してください! 今、トト姉様がマイルズ侯爵家に連れ出しているので大丈夫です! 普段は……すごく穏やかなんですけど……」


 気まずそうに俯くシルベスターの肩に、グレンはそっと手を置いた。


「母もそれなりに素直な人だが、噂で人を判断するような人ではなくてね。だが、いくら言い聞かせても聞かないし……」


 グレンも困ったように眉を下げた後、真剣な表情に戻す。


「実を言うと、隣国にいる魔女の存在を受けて、姉を含めた我が一族の雫持ちは魔女への対策の他に、宮廷内の状況を調査している」


 その言葉に、ルークは面布(かおぎぬ)越しですっと目を細めた。


「クラウド殿下の生母、王妃殿下はトゥール国王の妹君。事件以前からこの国に魔女の力を持ち込まれた可能性を鑑みて……ですね?」

「ああ、そうだ。相手は人間一人の顔を認識できなくさせてしまう程の技術を持った存在だ。現状、確認されている雫持ちの中にあれほど大多数へ影響を及ぼすほどの力を持つ者はいない。だから、我が家の中で多方面から情報を得られる魔眼持ちを総動員しているわけだ。それで調査を進めているうちに、最近の母の様子から、あることに気付いたんだ」

「あること……?」

「雫持ちは顔が分からないからルーク殿を不信に感じるが、雫は持たない人間はそれ以上にルーク殿を毛嫌いしている節がある。現に、うちの一族で魔眼を持たない他家からの婿や嫁に入った者、中でも女性がルーク殿の噂を妄信している」


 それを聞いたガイアがハッとした顔をして、憎々し気に呟いた。


「まさか、あの女の言霊のせいね……!」


 グレンがしっと指を立てる。


「その可能性は十分にある。ただ、根拠がない。推測ではあるが、雫持ちは魔女の力……いや、言霊の力というべきか。その効力を相殺、もしくは耐性がある可能性がでてきた」


 ルークもあの時のことを思い出す。


 発した言葉通りにその事象を呼び寄せる言霊の力。トゥール王女の言霊は顔だけでなく、相手に不信感を強く抱かせる力があったということだろうか。


「そうなると、雫を持たないクラウド殿下やアーロイ様、両親だってアニキを毛嫌いしていなかったけど……?」

「ガイア殿は『悪しきものを遠ざける力』だったな? 長年ともに過ごしたことで殿下達にも多少なりと効果があったのかもしれないぞ?」

「それ、あり得なくもないわね……雫を落としてくれたお星さまに感謝しないと」


 現に魔除け扱いされていた過去があるので、あながち間違いではなさそうな気がする。

 グレンがうんうんと頷いた後、こう口にした。


「まあ、つまりだ。ルーク殿は普通の結婚は難しいということになる」

「え、なんでそうなるんですか⁉」


 ぎょっとルークが目を剥くと、シルベスターが言った。


「だって、雫持ちじゃないと毛嫌いされてしまうんですよ?」

「こ、言霊の力って凄まじいなぁ……」


 まさか半年以上前のことなのにここまで尾を引くとは思わず、ルークは背中を丸めた。

 悪意はなかったにしろ、彼女の願いが歪んだ形で呼び寄せているのなら、彼女はルークと結ばれるためにどれだけ強く願ったのだろう。そう考えると、国王が危惧した通り対策を練った方がいい。

 しおれるルークに向かって、シルベスターがおずおずと口を開いた。


「とても言いづらいのですが……お見合いだけでなく、手紙のやり取りもお母様は反対していました。お父様はそんなお母様をちょっと心配していて……もしかしたら、お父様は魔眼で何かを見ているのかもしれません。そして、トト姉様も……」


 トトはルークの顔が認識できる。彼女は言霊に左右されないだけの力を持っているということだ。


「ある意味、トトの魔眼は魔女対策としてうってつけの力かもしれん。この話をしたのも、ルーク殿に関わりが深い事柄だからだ。魔眼についてトトにも話しているが、何か分かることがあれば、教えて欲しい」


 グレンはそう言うと、真剣な顔を崩した。


「それはそれとして、今からでもトトと婚約しない?」

「ルーク様なら大歓迎ですからね!」

「す、素敵なお嬢さんだと重々承知していますが! ま、まずはお友達から進めさせてください!」


 ルークが勢いよく頭を下げると、隣にいたガイアが「この人たらしは……」と呟くのだった。

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