第52話 顔ナシ伯の婚約
誘拐未遂事件から半年。
ルークとトトは無事に婚約式を迎えた。
控室になっている談話室には主役であるルークとクラウドやアーロイ、ガイアが集まっていた。トトはまだ別室で準備中だ。
「ようやくお前も婚約か……感慨深いな」
クラウドがそう言った後、訝し気にルークの顔を見やる。
「んで、結局顔はそのままなのか?」
ルークの顔には相変わらず面布が付けられている。
クラウドのその言葉にルークは頬を掻いて苦笑した。
「はい……トト嬢が言霊を引きはがしてくれているのですが、薬の副作用と縁を引き寄せる力のせいで、復元しちゃうんですよね」
あの薬の効果はもうないが、ルークの言霊で増幅されたクレアの言霊は、今もしつこくルークに纏わりついている。時折トトが引き剥がしてくれているが、まだこの面布とは長い付き合いになりそうだ。
「トゥールはどうなったんですか? 来月対談でしょう?」
あの時、捕まえたトゥールの人間は現在捕虜として地下に閉じ込められている。
彼らの証言によって王弟の仕業ということが分かり、来月の対談でトトの誘拐の件も含めて話し合う予定だった。
「一応、トゥールとはまだ国交を続ける方針だ。国王と王弟は対立関係だったし、助っ人も送ってくれたわけだしな」
「とはいえ、国内を引っ搔き回してくれたから、トゥールには色々融通を利かせてもらえるようにしますけどね」
アーロイがにっこり笑って言った。
「いくらウルズがぼんくらでも、公爵家の人間に罪を擦り付けようとしたんです。それ相応の対応はさせていただきます」
あの日、ワーウッド家に乗り込んだアーロイは公爵と共にウルズを問いただした。
ウルズは夜の酒場で意気投合した異国の人間と説明したが、案の定、魔女によって認識が歪められ、相手の顔を覚えていなかったのだ。
上手く相手に利用されてしまったというわけである。
普段から好き勝手が過ぎる弟にとうとう公爵は激怒。ウルズの王位継承権剥奪を国王に願い出て、彼は国の騎士養成所へと放り込まれた。あそこは生まれも身分も関係ない実力主義社会なので甘ったれのウルズには堪えるだろう。
「まあ、何はともあれ今日のお前は婚約式に集中し……ルーク。ブーの前にいるあの布の塊はなんだ?」
眉間に皺を寄せクラウドが視線を向けた先には、リリーベル家のプライバシー保護の化身、ブーとブーに平伏する女性だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。卑しい身分の私がこの屋敷に足を踏み入れてごめんなさい。私は何も悪いことをするつもりもありません。この輝かしい祝いの席に同席することをどうかお許しください。あと呪わないでください」
「ちょっと~、アンタ何してんのよ?」
そう言ってガイアが立ち上がらせたのは、綺麗なドレスに身を包んだトゥールの魔女だった。
彼女は誘拐未遂事件の功労者だ。その褒賞に今日の婚約式に出席できるようにガイアが国王へ申し出たのだ。なお、クラウドの前なのでレースのリボンで目隠しをしている。魔女の魔法の原理を聞いて作られた特殊なリボンで、魔法を使えないようにする代わりに視界は確保できるようだ。
「アンタ、もうブーのお許しは得たんでしょう?」
「でも、ブー様が歯ぎしりをしながら私を睨みつけてくるんですぅ~……ひぃ! ほら!」
ブーがギシギシと音を立てて揺れている。ブーがあんなに動くのは、クラウドの雫持ちの護衛が初めて屋敷に来た以来だろう。
「あら、珍しいわね。今日はこんなに元気だななんて」
「呑気に言っている場合ですかぁ⁉ ひぃ!」
ブーの白い身体が、みるみると赤く染まっていく。それがちょうど心臓の部分で、まるで「お前もこんな風にしてやろうか」とおどかしているようだった。
「ブー? お客さんを怖がらせちゃダメだろ? 彼女は私の婚約者を見つけてくれた恩人なんだから」
ルークがそう声をかけると、ブーは大人しくなり、身体の赤い染みは消えていった。
「一体、何なのかしら?」
「ブーが嫉妬してるんじゃないの? ガイアが彼女を綺麗に着飾って上げたから」
トゥールの魔女が着ているドレスは、ガイアがデザインしたものだ。それだけなく装飾品も化粧もガイアが監修している。
出会った当初とは違い、枯れ枝のように細かった身体も健康的な肉付きになったのもあって、誰もが振り返る美女へと変貌していた。
しかし、ブーはルークが顔ナシ伯と呼ばれる原因でありながら、ガイアに手を掛けてもらっている彼女が気に入らないのだろう。
「今日は祝いの席なのに、自分には何もなくて不満なんだよ。手入れをしてくれるのは、いつもガイアだしね」
「あら、それはそうね。ごめんね、ブー」
そう言ってガイアは、花瓶から花を一輪抜き取ると、短く茎を切ってハンカチで包み、ブーに持たせてやった。一輪挿しのブーケをもらったブーは、どことなく笑っているような気がする。
「ガイアがお嫁さんをもらったらどうなるんだろう?」
「頭から爆発するんじゃないか?」
「いや、そもそも嫁の身に何か起こるかもな」
ルークの素朴な疑問にクラウドとアーロイが軽口を叩くと、入り口からダリルが現れた。
「ルーク坊ちゃん。トト様の準備が整いましたよ」
「ああ、分かった」
ダリルの言葉にクラウド達も席を立った。
「ああ、もうそんな時間か」
「先に行ってるよ」
「またね、アニキ~。ほら、行くわよ」
「はいぃ」
みんなを見送った後、ルークはトトが待っている部屋へ向かった。
「トト嬢、入りますよ?」
「はい」
ドア越しから返事が聞こえ、ドアノブを回したルークは、彼女の姿を見て目を瞠った。
「…………どうですか、似合いますか?」
深紅の髪を白い花で飾り付け、白を基調とした淡い黄色のドレスはとても似合っている。いつもより大人びて見えるのは、化粧のおかげだろうか。彼女の姿を見て、一瞬心臓が跳ねたような気がした。
「はい、とてもお似合いです……その……」
「はい?」
「自分が未だにこの顔なのが悔やまれるくらい……綺麗です」
なぜこんな晴れ舞台の日に、自分は面布を付けているのだろう。この顔さえなければ、堂々と彼女をエスコートして、記念に絵を描いてもらえるはずだったのに。
ルークは面布越しに苦い顔をするが、トトは頬を赤らめていた。
「まあ! 嬉しいです。でも、そんなことを言わないでください。その顔は私を助けてくれた勲章のようなものなんですから」
立ち上がったトトの目に燐光が浮かび、ルークの顔の前で何かを取る仕草をする。
「でも、本当にしつこいですね! ルーク様は私の婚約者なのに! ちょっかいを掛けられている気分です」
ぶちぶちと音がするのは、クレアの言霊を引き剥しているからだろう。あらかた取り終わったのか、彼女は満足気に頷いた。
「はい、もう大丈夫ですよ!」
「ありがとうございます、トト嬢。では、行きましょうか」
「はい!」
ルークは差し出した手をトトが取り、二人は会場へ向かうのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
今回、作者として書きたい要素が盛りだくさんの作品となりました。
割と平凡な男が周囲にしごかれ、支えられながら成長してきた軌跡や絆を書きたい。一話で顔のせいで振られる男が書きたい。そんな思いで、顔ナシ伯のルークが誕生しました。
トトの魔眼は人との関わりを表現するのに、人と関わることによって変化するレースの模様として描けば、絵になるなと思って考えた設定でした。野郎にヴェールを被せる表現は今のデリケートな時代に描いて大丈夫なのか不安はありましたが、『そもそもこのヴェールは性別とか趣向とかそういうものを表現するために書いたのではなく、ルークが色んな人に出会ってきたことで得た縁(糸)と培ってきた絆や成長の軌跡を模様として表現したいのと、それをヴェールとして被ってるのは、彼が周囲に大切にされて守られている表現だ!』と自分に言い聞かせて執筆してました。
まだまだ表現しきれない部分が多くありましたが、楽しんでいただけたら幸いです。




