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第5話 はじめまして

 

 マイルズ家でのパーティーから数日後、アーロイ伝手にラピスティア侯爵家への訪問の許可が下りた。

 迎えの馬車から降りて来たアーロイに開口一番訊ねられる。


「殿下が初めて婚約者に誕生日プレゼントを用意した時、オレ達はこっそり中身を入れ替えたことがあったな? 元の中身と入れ替えたものはなんだ?」

「あははは……懐かしい。元の中身は大きな昆虫。入れ替えたのは私が用意していたドライフラワーで、アーロイ様は自分が渡すはずだった花束を分けてくれましたよね?」


 当時、箱の中から聞こえる異音に気付き、ルークは慌ててアーロイに相談した。そして二人で中身を挿げ替えたのだ。プレゼントがなくなったルークの為にアーロイは自分の花束をミニブーケにして分けてくれた。これは、アーロイとルークしか知らないやり取りだ。


「よし、ルークだな。ラピスティア侯爵家に向かうぞ」


 満足げに頷いたアーロイはルークを馬車に乗るように促した。


「ラピスティア侯爵の反応はどうでしたか?」

「やっぱり、彼女が雫持ちかもしれないって話をしても驚かなかったよ。それにルークが屋敷に訪問することも快諾してくれた。一度会った時に『絵に描いたような善人』ってラピスティア侯爵が太鼓判を押してたくらいだし」


 ラピスティア侯爵とは、アーロイが結婚した時からの知り合い。顔が見えなくなった当初、原因を突き止めるためにラピスティア侯爵家の力を頼ったことがあった。


「本当に大丈夫ですか? 私の顔を見たラピスティア侯爵が『目が焼かれる』って叫んでたじゃないですか……」


 彼の魔眼は『人の悪意を見分ける力』である。悪意がある人間は黒い影が見え、逆に善い人であれば、輝いて見えるらしい。

 そんな彼から『善人』のお墨付きをもらったルークだが、彼と初対面の時、ラピスティア侯爵はルークの顔を直視して悶え苦しんだ。

 彼曰く、『善人過ぎて目が潰れるくらい眩しい』らしい。そのせいでルークはアーロイの結婚式に参列できなかった過去がある。

 ちなみに、面布(かおぎぬ)をつけている時はまだマシらしく、先日のパーティーで会った時、彼は目を眩しそうにしながら挨拶していた。


「対抗策を講じておくと言っていたが……まあ、どうにかなるだろう」

(本当かなぁ~?)


 ほどなくして、ラピスティア侯爵邸についたルーク達は屋敷の主人と対面した。

 深紅の髪を後ろになでつけた瘦身の男性。彼こそ、ラピスティア侯爵家当主のダニエル・ラピスティアだ。


「やあ、アーロイ殿、先日は招待ありがとう。それからリリーベル伯、この間のパーティーぶりだね!」


 気さくに挨拶をしたラピスティア侯爵の顔には眼鏡型の遮光板がつけられていた。


「客人の前でこんな眼鏡をつけていて悪いね。汚れた世界を見慣れた私には、リリーベル伯は眩しすぎるんだ……」

「相変わらず、素敵な詩的表現をされますね。お気になさらないでください」

「じゃあ、中に入る前に……それ、取るんだろう?」


 ラピスティア侯爵はルークの面布を指さし、ルークは苦笑して頷いた。

 彼の娘が本当にルークの顔が分かるのか確かめるため、面布を取って会うことを事前に打ち合わせしていた。彼の娘には、お見合い相手はアーロイの友人であることだけを伝えてある。

 ラピスティア侯爵に応接室に案内され、中に入る前に面布を取る。すると、感心したようにラピスティア侯爵は頷く。


「本当に別人に認識してしまうね……まあ、私は魔眼のせいでなんとなく君だって分かるけど」

「そうなんですか?」

「うん。顔は分からないけど、眩しさは変わらないからね。君以上の善人は見たことがないし」


 ラピスティア侯爵の言葉に、アーロイがルークの肩を叩いた。


「本人確認する術が増えてよかったな、ルーク」

「それは殿下にも言ってあげてください」


 互いに軽口を叩き合う様子を見たラピスティア侯爵は、苦笑しながら応接室のドアを開ける。

 応接室のソファには、パーティーで会った少女が座っていた。彼女はルークの顔を見ると、水色の瞳をきょとんとさせている。


「紹介させてくれ、次女のトトだ」

「トト・ラピスティアと申します」


 彼女、トトは父親の隣に並ぶと深紅の髪を耳にかけ、淑女の礼を取る。

 そして顔を上げると、ルークの顔をまっすぐに見つめた。


「えーっと……先日、中庭でお会いした方ですよね? その後、体調はどうですか?」


 アーロイがぎょっとし、ラピスティア侯爵は苦笑を浮かべる。


「はい、先日はお世話になりました。体調の方はもう大丈夫です」


 ルークはそう答え、ポケットから取り出した面布をつけた。


「改めて初めまして、ラピスティア侯爵令嬢。私はルーク・リリーベル。人は私を、『顔ナシ伯』と呼びます」


 ルークの自虐的な挨拶に、彼女は大きく目を見開いた。おそらく、彼女もルークの異名を耳にしたことがあったのだろう。

 彼女は何か言いたげにルークを見ているが、ラピスティア侯爵は皆に席に着くように促した。

 そして、彼は早々にルークの事情を語った。


「トト。詳しくは話せないんだが、彼は半年前にちょっと悲しい出来事があってね。それ以来、誰も彼の顔が分からなくなってしまったんだよ」

「え……でも……」


 戸惑った様子でルークの顔に目を向けるトトに、アーロイが言った。


「トト嬢、お義父様の言う通りなんだ。長年一緒にいる私でさえ、ルークの顔はおろか髪や瞳の色も思い出せないんだ。優しい顔をしていたのは、なんとなく覚えているんだが……」

「過去に描いてもらった肖像画すら、他人は認識できないらしいです」


 ルークが肩をすくませて笑う。


「現状、あなたは唯一、私の顔を認識できる人です。そこで、星があなたの目に雫を落としていたのだろうとラピスティア侯爵にお伝えした次第です」

「私に……雫が?」


 信じられないといった風に呟いた後、彼女は首を傾げた。


「でも、何の魔眼が……?」

「そこまではちょっと……おそらく、魔法や呪いの類いを見透かす何かではないかと。そ、それで、ですね……」


 ここからが本題だ。彼女は本当にルークの顔が分かる女性なのだ。


「あ、あの……ラピスティア侯爵令嬢にはぜひ、私の身元保証人になっていただけたら……ひぇっ!」


 隣に座るアーロイが氷のような冷たい笑みを浮かべていた。


「ルーク、そこは結婚を前提にお付き合いしてください、だろ……?」

「いやいやいや! だって、密かにお付き合いしている人とか、憎からず想い合っている相手がいたらどうするんですか⁉」


 婚約予定の相手に駆け落ちされた過去は、ルークの心に深い傷となって残っていた。時間をかけて理解を深めていたはずの相手にそんな仕打ちを受けたのだ。会ったその日にお付き合いなんてとても考えられなかった。

 アーロイは「まったく……」と小さくぼやいた後、トトに向き直った。


「トト嬢。彼はこの顔になってから、苦労をしていてね。この面布がないと誰もルークだと認識もできない。この間のパーティーで君がルークを見つけた時、彼の顔色が悪かったのも、不審人物として摘まみ出されることに怯えてたんだ」


 彼女に無言で憐れむような目を向けられ、ルークは居たたまれなくなる。


「どうやら、トト嬢はルークの顔が分かるみたいだし、人並みにお付き合いできると思って、今回のお見合いをセッティングしたんだが……前回、婚約予定の女性に逃げられてから、この通り人間不信気味でね」

「く、苦労されているんですね……」


 ルークは小さく俯き、自分の頬を掻いた。


「えーっと……別に人間不信ってほどでは……ただ、面布がないと不安ですけど」

「それを人間不信と言うのだろうが! トト嬢、ルークの人柄については保証をする。問題があるのは、本当に顔だけなんだ。考えてくれないだろうか?」


 彼女は隣に座る父親のラピスティア侯爵に顔を向けると、彼は頷きながら言った。


「お父様としては、悪くない話かなーと思ってるんだよね。最近じゃ、トトに魔眼がなくても血筋だけでも欲しいって金を積んでくる家も多いし。その点で言えば、リリーベル伯は良くも悪くも欲がないし、見るからに善人。娘を預けても安心かな? トトが決めていいよ?」


 彼女はルークに目を戻すと、じっと面布を見つめた。


「あ、あのう……もう一度、面布をめくっていただいてもいいですか?」

「え? あ、はい」


 まさかそんなことを言われるとは思わず、ルークは戸惑いながらも面布をめくって見せた。

 じーっと見つめた後、彼女は困惑した様子でラピスティア侯爵とアーロイに訊ねる。


「二人は本当にリリーベル伯のお顔が分からないのですか?」

「分からないね。得体の知れない雰囲気の人がいるって感じ」

「我々からすれば、同じ人物だって分からないんだよ」


 頷く二人に、彼女はさらに言葉を続ける。


「私をからかっていませんか? 少なくとも女性に逃げられるような顔立ちはしていませんよ?」

「からかってないよ~」

「今でこそ『素顔を見る者を不幸にする顔ナシ伯』と呼ばれているが、社交界デビューした当初は『社交界の陽だまり』『隣で癒されたい男ナンバーワン』と言われていた男だ。家よし、顔よし、人柄よし。顔が戻れば自慢の夫だぞ。それに、トト嬢の目にどんな力があるか分かるし、ルークの顔を戻す糸口にもなるかもしれない」


 アーロイはそう言うと、ルークの肩を叩いた。


「ほら、ルーク」

「え、ええーっと……」


 面布を戻すと、ルークは小さく俯く。

 いきなり結婚を前提にお付き合いというのは、相手も戸惑いが大きいだろう。ルークの顔を認識できるのだとしても、自身にある噂は社交界に根深く広まっている。自分の隣に並ぶだけでどんな心無い言葉を投げかけられるか分からない。


「もし、よろしければ……お友達から始めませんか?」

「お友達……ですか?」


 きょとんとするトトにルークは頷いた。


「ほら、私はこんな出で立ちですし……いきなり私みたいなのと結婚だ婚約だって言われても困るだけでしょうし……ラピスティア侯爵令嬢は私の顔が分かるとのことなので、それなら交際から始めるより、顔見知りから友達になれたらなー、なーんて?」


 妙な沈黙が室内に流れる。

 トトは何か考えている様子だったが、まさか友達にもなれないなんてことがあるだろうか。

 気まずい空気から逃れるため、早々に答えを訊ねる。


「ど、どうでしょう……?」

「え、えーっと……では、お友達からよろしくお願いいたします。リリーベル伯」


 彼女からの返事に、ルークはほっと胸を撫で下ろした。

 互いの連絡先を教え合う横で、ラピスティア侯爵とアーロイが微笑ましい目を二人に向けていた。


「アーロイ殿……」

「なんでしょう、お義父様……」

「リリーベル伯は本当に健気な人だね……」

「自慢の弟分です」


 かくして、二人の手紙のやり取りが始まった。

 帰宅後、さっそく手紙を書いた。内容はお見合いを承諾してくれたこと、友達になってくれたことへのお礼だ。意外にもすぐに返事がきて、ルークは喜ぶのだった。


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