第45話 顔ナシ
ルーク・リリーベルは困惑している。
久しぶりに顔を見せろとクラウドに面布をめくられた途端「お前、誰だ」と言われたのだ。
誰も何も、つい先ほど自分の名前を呼んでいたじゃないか。
「殿下、何をおっしゃっているんですか? ルークです。ルーク・リリ―ベルですよ」
そう口にすると、クラウドとアーロイが顔を見合わせた。
「そうだよな? ルークだよな?」
「ええ、そうです。ルーク、ですよね?」
まるで互いに言い聞かせるような言葉に、ルークは強烈な不安に襲われる。
二人の困惑しきった表情は以前にも見たことがあった。それがいつのことか、ルークは鮮明に思い出せる。
「そうだよな? ルークの髪はたしかガイアと同じ……?」
「ええ、そうです。瞳の色も……でも?」
「ちょ、ちょっと! 二人とも悪い冗談はよしてください! 私は……!」
ルークがそう言いかけた時、二人がポンとルークの肩を叩いた。
「「戻ってるぞ、顔ナシに」」
「ええぇえええええええええええええええええっ⁉」
自分の顔をペタペタと触ってみるが、触って分かるものではない。
「ええ⁉ 本当に⁉ 冗談ではなく⁉」
自分の顔を指さすと、二人とも遠い目をしながら頷いていた。
「懐かしいな、この感じ……おい、ルーク。陛下のところからチョコレートをくすねてきた時があったな。そのチョコレートの名前は?」
「ウイスキーボンボンです。二人でかじった瞬間に吐き出しましたね」
確かあれは、クラウドが大人の味がするチョコと聞いて、興味本位でくすねてきたやつである。齧った瞬間に強烈な酒の味がして吐き出したのはいい思い出だ。
「ルーク、オレはお前に色んなことを教えたが、この世で一番怖いものは何だと聞いた時、お前はなんて答えた?」
「アーロイ様と答えて怒られ、『民』だと叩き込まれました」
懐かしい。個人への恐怖はいずれ心を歪めるから、考え方を改めなさいと言われた。
二人はルークの回答に満足がいったようで、大きく頷く。
「「よし、ルークだな」」
最近はやらなくなった本人確認に、彼らが本当に自分の顔が分からなくなったのだと実感した。
「な、なんでまた急に……⁉」
「トト嬢のやり方じゃ、完全に魔女の力を排除できなかったんだろ?」
冷静に考えれば、そうなるだろう。彼女もただルークにまとわりついていたレースをはがしたと言っていただけだ。
「トト嬢を呼ぶしかありませんね……たしか、今日は妻に会いに行っているはずです。屋敷に連絡するので」
アーロイは席を立ち、ドアを開けた時、廊下の外から慌ただしい足音が近づいてくるのが分かった。
「大変です! アーロイ様!」
そう言って、やって来たのはマイルズ家の使用人だった。
「ラピスティア家からの連絡で、トトお嬢様が行方不明に!」
その言葉を聞いて、室内に沈黙が流れる。
「は…………?」
 




