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第43話 糸

 

 ガーデンパーティーの後、屋敷まで送ってもらったトトは自室で休んでいた。


「ふぅ……こんなに大きなパーティーは久しぶりで疲れたわ……」


 侍女にお茶を淹れてもらったトトは、一息つくとルークからもらったブードゥー人形を見つめた。


(ルーク様からこれをもらった時、なんとなく怖さが和らいだ気がしたわ)


 あの会場に入った時から、妙に視線を感じることがあった。

 トトがお茶会に参加しないことやルークの噂が理由で注目を浴びたせいもあるだろう。トトもラピスティア家の人間だ。魔眼を持たないことから好奇な目を向けられることは多かった。しかし、いつものそれとはまったく違う。

 まるでトトの隙を狙っているかのような感覚だった。

 一度は気のせいかと思っていたが、ウルズと呼ばれた公爵家の青年が現れた時、その視線は強くなり、その視線の主はウルズの近くにいた。

 その視線はしばらくトトにつき纏っていたが、ルークからブードゥー人形を受け取った時、何となくその視線が和らいだ気がしたのである。


「大事に持ってないと……」


 トトはブードゥー人形を両手で優しく握りしめた。


 ◇


 トトとの婚約式の日取りも決まり、招待状と当日の衣装の準備も着実に進んでいた。

 ガイアも仕事に余裕が出来たのか、宮廷に泊まることも減り、定時に終わりで屋敷に戻るようになった。


「うーん、おかしいわねぇ?」


 談話室のソファで難しい顔をしているガイアに、ルークは首を傾げた。


「どうしたの?」


 彼の手にはトトが持っていた自分似のブードゥー人形が握られている。

 池に落ちて以来、壊れてしまったとトトが言っていたが、ガイアが糸を巻き直して、服も着せ替えたようだ。


「ああ、トト嬢のか。綺麗になったね」

「ええ。糸も服も変えてあげたんだけど……上手く雫の力が乗らないのよね」

「乗らない? 効果が薄いってこと? それって感覚的に分かるものなの?」

「ええ。なんかこう気が削がれるのよね。『魔女死すべし!』っていう気持ちを込めてるんだけど……」


 ルークは地下で会ったトゥールの魔女の怯えようを思い出して苦笑する。

 そんな気持ちを込めて作っていれば、あんな怯え方をするのも当然だ。


「それに、糸を巻いてるうちに途中で切れちゃうのよ。新しい糸を使ってるのに」


 彼が持っている人形を見ると、確かに糸が途中で切れてしまったようで、所々で糸を繋いだ結び目が見える。


「なんか不吉。それにあまり結び目があると不格好なのよね……」

「すでに作ったものを作り直すとかは?」


 そう提案してみると、ガイアは大きく首を振る。


「ダメよ! トト嬢が大事にしてくれたものなのよ! ちゃんと思いを込めて作ってあげなくちゃ!」


 よりいっそう気合を入れて『絶対に作り直してやる!』と再び糸を巻き直し始めた。


(なるほど、これで修理に時間がかかっていたのか)


 ガイアらしい理由にルークは微笑ましく思いながら、ソファに座り直した。


「宮廷での殿下の様子はどう?」

「相変わらずよ。お茶会でワーウッド公爵家のぼんくらに絡まれて大変だったみたいだし。アニキも絡まれたんでしょ?」

「まあね。なんとかなったけど」


 聞いた話によると、ウルズは兄であるワーウッド公爵の名代で参加していたらしい。

 トトの様子が気になって、ベルクシュタット公爵とクラウドにウルズの連れについて聞いてみた。彼は公爵の了承もなく知人を連れてきたらしい。しかし、その相手の顔はあまり覚えていないようだった。


(ウルズ様じゃなくて、連れの人を怖がるなんて。トト嬢は何を怖がってたんだろう)

「ねぇ、アニキ。聞いてる?」


 考え事をしていたせいでガイアの話を聞いていなかったルークは、我に返って顔を上げる。


「ごめん、考え事してた」

「もう。クラウド殿下の謹慎の話よ! 実はもうそろそろ解かれるかもしれないの」

「え、そうなの?」

「ええ。過去の王妃様と殿下の活動履歴や、宮廷内部のあれこれを調べて、不審なところがなかったみたいだからようやく解放されるみたい」


 それを聞いてルークはほっと胸を撫で下ろした。

 トゥール王女の一件からもうそろそろ一年が経とうとしている。トトの魔眼の事を考えるとまだ安心できる状況ではないが、クラウドの行動制限が緩和されるだけでも十分にありがたい。


「アニキも大変だったけど、殿下も結構不憫な目に遭ってるわよね」

「本当にね……でも、これからずっと何もないってことはないから」


 クラウドが結婚し、即位してからが自分達の仕事の本番だ。

 今回はルークの不注意でクラウドやアーロイに流れ弾が飛んで行ってしまったが、今後こうならないためにも、気を引き締めて行かなければならない。


「殿下の立場が戻ったら、今度は隣国との交渉になると思う。一体どうなることやら……」


 あの気弱なトゥールの魔女は今、どうしているのだろうか。

 ルークはあれ以来、地下へ足を運んでいないが、トゥールとの交渉の時には彼女の身柄のことなど話題に上がるはずだ。

 あれこれ考えているうちにため息をつきそうになると、ガイアがむっとした表情でルークの額を小突いた。


「そんなことよりも、まずはアニキの婚約式でしょ!」

「国の一大事をそんなことって……」

「国も大事だけど、アタシにとってアニキが最優先事項なの! それにアニキの婚約式の方が早く来るでしょ?」


 ルーク達の婚約式の準備は急ピッチで進められている。

 早くても半年後には名実ともにトトの婚約者となるのだ。

 盛大にやると言っても、出席者は主に両家の親族だ。もちろん、クラウドとナタリアも出席する。


「本当に楽しみにしてるんだからね!」

「…………うん、私もだ」


 ルークも今回の婚約のために力を入れて準備を進めている。

 何があっても、彼女を手放したくない。そう思いながら、ルークはいつも人形を入れていた内ポケットを上から触れるのだった。



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