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第42話 ガーデンパーティー

 

 昔、どこかの国で、不作で小麦が採れず、国民が飢えに苦しんでいた時に『パンがないならお菓子を食べればいいじゃない』と問題発言を残した王妃がいたとルークは聞いたことがある。実際は王家への不満を煽るために流したデマ情報だったらしいが。


(まあ、何を言いたいかというと、『ちょうどいいお茶会がないなら主催してしまえばいいい』と……)


 フラウと会ってから二週間が経過し、クラウドの婚約者、ナタリアの屋敷でガーテンパーティーが行われることとなり、ルークはトトを連れて参加している。

 なんでもクラウドがあまり表に出ないことを不審に思う声が上がっていたのだとか。

 そこで、ルークの婚約について匂わせをしたいと言う話を聞いてナタリアの父、ベルクシュタット公爵が主催することにしたらしい。

 ルークの隣には、がちがちに緊張しているトトがおり、頑張って笑顔を作っていた。


「こ、公爵家のパーティーに参加なんて初めてです……」

「ナタリア様にお会いしたことは?」

「あります。確か、シャルロット姉様の結婚式でちらっとお会いしました。あまり会話はしていませんが、優しい方だった印象があります」

「はい。だから心配しなくて大丈夫ですよ」


 口さがない他の貴族と違って、ナタリアは思慮深い女性だ。クラウドの婚約者であるため、常に注目を浴びているので余計な発言は控えている。


「さあ、挨拶に行きましょうか」

「はい」


 トトを連れて中央へ行くと、主催のベルクシュタット公爵夫婦と共にクラウドとナタリアの姿があった。


「久方ぶりに挨拶申し上げます。ベルクシュタット公爵、そして奥方様も」

「ああ、リリーベル伯か! 元気そうで何より」

「今日は来てくださってありがとう、リリーベル伯。それでお隣の方はもしかして、ラピスティア家の?」

「はい。仲良くさせていただいているトト嬢です」

「ご、ご挨拶申し上げます! ラピスティア家次女のトト・ラピスティアと申します!」


 緊張しきったトトの挨拶に、ベルクシュタット公爵夫妻は微笑ましいものを見る目で彼女に頷いた。


「噂はかねがね。ご家族はどうかな? 彼らは忙しいと社交界にあまり顔を出さないから、気になっていたんだ。よろしく伝えて欲しい」

「はい。お伝えいたします」


 簡単に挨拶をして、次にクラウドの方に向き合う。


「殿下、そしてナタリア様、お久しぶりです」


 クラウドは久々の社交のせいか、少し疲れているように見え、眉間に皺が寄っている。


「ああ、ルーク。それにトト嬢も久しぶりだな。ナタリア、お前も久しぶりだろう?」

「はい。ごきげんよう、ルーク様、トト様。変わらずお元気そうで良かったですわ」


 ミルクティー色の髪に柔らかな黄緑色の瞳をしたナタリアは、優しく目を細めた。


「ご、ご挨拶申し上げます……」

「まあ、そんなに恐縮しないで。たしか、以前会ったのはお姉様のシャルロット様がご結婚された時かしら? 今日は楽しんでいってくださいね」


 軽く挨拶を済ませ、トトと共に食事が並んだテーブルへ移動すると、彼女がルークに小さく訊ねた。


「あの……もっと殿下とお話しなくていいんですか?」

「今日は二人の仲が健在であることも周囲に知らせるためにあるんです。そろそろ結婚、なんて話も出ているのに発表がまだなので、みんな邪推しているんですよ。他にも結婚式に少しでも携わりたい人もいるでしょうし」


 このパーティーの参加者には商売に携わっている家も多い。そのため、情報を得るために目を光らせている。王族の結婚なんて商売と名前を売るのにまたとない機会だろう。


「そう言う人達が集まっているからこそ、私達が招待されたわけですけど……」


 先ほど、ルーク達が挨拶した時も、トトがラピスティア家の令嬢だと聞いて目を向けてきた者もいたくらいだ。

 顔ナシ伯に魔眼一族のはぐれ者のペアに注目しないわけにもいかない様子である。

 以前、ルークにお見合い相手を紹介したベルクシュタット公爵であることも周知の事実。一度ダメになった婚約も、彼らのお茶会に参加することで仲が健在であることも示せる。


「私達はもっと気楽で大丈夫です。私はこの顔ですし、悪い噂もつき纏っていましたから、わざわざ声をかける人もいません。トト嬢は私の傍にいていただいて、お食事して、庭の花を愛でて帰りましょう」

「はい」


 トトを連れて軽食が並んだテーブルに移動し、給仕に飲み物をもらう。ルークも彼女もジュースだ。


「美味しいですね、このオレンジジュース」

「本当ですね……」

「顔ナシ伯と……魔眼一族のはぐれ者らしいぞ……」


 ふとそんな言葉が耳に入り、ルークは気にせずにテーブルのお菓子を手に取った。


「トト嬢、あそこのミニケーキが美味しそうですよ。お取りしますね」

「訳アリ同士仲睦まじくってか?」

「んなわけねぇだろ。はぐれ者って言っても、魔眼一族の血筋だぞ? いいよな。きっとマイルズ家の伝手で知り合ったんだろうよ」

「伝手だろうと、あんな奇妙な顔のヤツと普通一緒にいられるか?」

(とてつもなく失礼な物言いだな……)

「ルーク様?」


 客の会話に集中していたルークは、トトに声をかけられて我に返った。


「はい? どうしました?」

「ルーク様の好きなお菓子はありますか? ルーク様が甘いものがお好きというのは知っていますが、どんなものが好きか知らなかったなと思いまして」


 トトが照れたように笑っているのを見て、聞こえてきた会話のことなど飛んで行ってしまう。


「そうですね……スポンジ系ケーキとかも好きですし、シュークリームも好きです」

「なるほど……あのお皿にあるザッハトルテはどうですか?」

「あそこまでいくと逆に甘さがくどくて……殿下は好物なんですけどね」

「ふむふむ……あまりチョコチョコしいものは好まないと……」

「ちょこちょこしい……ふふ」


 なんだか可愛らしい言葉に笑い声を漏らすと、トトが不思議そうにルークを見上げる。


「なんで笑ってるのですか?」

「いや、可愛い言い方だなと」

「子どもっぽいです?」

「いえ、そんなことは。トト嬢はどんなお菓子が好きですか?」

「私はムースやベリー系が好きです。フランボワーズとかチョコムースとラズベリームースの組み合わせが最高で!」


 どうやらトトはさっぱり系のお菓子が好きなようだ。婚約式の時は互いの好きなお菓子をテーブルに並べてもいいかもしれない。


「いいですよね。あの甘酸っぱい感じが。無限に食べられる気になれます」

「そうなんです! 少しくどく感じるチョコムースもラズベリーソースとかムースがあるとちょうどいいですし……あ、付け合わせにジェラードも最高ですよ! アーモンドミルクのとか!」


 一気に饒舌になるトトが微笑ましく面布越しに笑っていると、トトが不服そうな顔を浮かべた。


「ルーク様、なぜ笑っているんですか?」

「分かりました?」

「面布に「笑」って書いてあります」

「あれ? このくらいじゃ出ないと思ったんですけど……」


 魔女の言霊の効果が切れたせいか、少し表情が分かりやすくなってしまったのだろうか。今まで顔が隠れていたため油断していたが、少し気を付けないといけない。


「すみません。なんかお菓子の話をしているトト嬢が微笑ましくて……今度お茶をする時に、ベリー系のお菓子をご用意いたしますね」

「私もお土産に何か持っていきますね!」

「やあ、そこにいるのは顔ナシ伯じゃないか!」


 声高にルークの異名を口にしたのは、背の高い男だった。白に近い金髪を後ろになでつけ、青い瞳を縁どるまつ毛は長く、下まつ毛が妙な色気を漂わせている。

 周囲がざわめき出し、トトが警戒心をあらわにしたのが分かった。それはそうだ。もはや悪名とも言える『顔ナシ伯』の名を堂々と口にしたのだ。

 ベルクシュタット公爵家のお茶会で空気を壊すような発言をするのは、身の程を弁えていない者か弁える必要がない者である。


「ああ、ワーウッド様。ご無沙汰しております」


 連れを伴って現れたのは、ウルズ・ワーウッド。クラウドの従兄弟で、金と女にだらしがないと噂のワーウッド公爵家の次男である。たしか彼はクラウドの一つ下だった気がする。


「ああ、君も元気そうで何より。それで、そこの可愛らしいお嬢さんを紹介してくれるかい?」


 バチンとトトに向かってウインクを決めたウルズだったが、トトはルークの背に隠れた。明確な拒否にルークは面布越しに苦笑する。


「申し訳ございません。彼女は少々恥ずかしがり屋で、それに社交界デビューも済んでいないんです。今回は私の付き添いでついて来てくれただけなので、この場での紹介は控えさせてください」


 ルークがやんわり断るとウルズはにっこり笑う。


「私は紹介しろと言っているんだ、顔ナシ伯」


 社交のルールを無視して、高圧な態度を取って来た。

 背に隠れたトトがルークの服を掴む。おそらく心配してくれているのだろう。

 相手は公爵家の人間だが、彼は爵位を継がず、何か事業をしているわけでもない。いわば血筋だけいい。ただ家の権力を笠に威張り散らしている子どものようなものだ。


(現ワーウッド公爵とはあまり親交がないし。私が諫めたところで話を聞いてくれる相手もでないしな……あまり使いたくない手だけど、ここは一つ)

「聞いているのか、顔ナシ伯」

「失礼ですが、ワーウッド様。私はリリーベル家の現当主、リリーベル伯爵です」

「それがどうした?」

「公爵家出身のワーウッド様にとって私は歯牙にもかけない存在かもしれませんが、彼女はアーロイ様に所縁のある女性です」


 アーロイの名を出した瞬間に、ウルズの顔つきが変わった。


「今回のお茶会ではアーロイ様から直々に『彼女を紹介して欲しい方がいたら、ぜひ私の方から紹介させて欲しい。よく名前を控えておくように』と申し付けられました。ワーウッド様のお名前を控えさせていただいても?」


 なお、アーロイはそんなことを一言も言っていない。しかし、下手な相手に彼女を紹介すれば、アーロイの雷が落ちるのは確実だ。ルークは生涯をかけて彼女を守ると決めたが、トトを守る壁はルーク以上に強固な人間が数々存在する。もし、ルークが彼女を守れないことがあれば、ルークの命はない。


(本当は虎の威を借りる狐みたいなことをしたくないんだけど……効果抜群だな)


 ウルズの目が明らかに泳いでいる。おまけにさっきまでの高圧的な態度が一気にしおらしくなり、「あ……うん。アーロイの知人だったのか……」と歯切れ悪く口にしていた。

 それもそのはず、実はウルズはアーロイが大の苦手である。

 ワーウッド家当主であるウルズの兄とアーロイは同い年で、ウルズの兄は不勉強な弟の未来を危惧してアーロイに勉強を見て欲しいと頼んだことがあった。

 そしてアーロイにしごきにしごかれ、何かあれば「アーロイを呼ぶ」と脅されるほど、アーロイは彼の恐怖の対象になったのである。


「いや、別にアーロイはもう知り合いだし、アイツに紹介されなくても……」

「アーロイ様は、ぜひと言っていました。それにあなたのことも、とても気にかけていましたよ?」


 クラウドの王位継承権のことで彼が対抗馬に挙げられそうになっているのを、とても気に掛けていた。


「ウルズ様」


 ウルズの背後に控えていた男が、彼に声をかけたところでルークは面布越しに笑う。


「それではワーウッド様。私達はこれで」


 さっと背を向けて、ルークはトトをその場から逃げ出した。


(ここまでやれば、さすがに追いかけてこないだろう……)

「えーっとルーク様?」


 トトが不安げな様子でルークを見上げており、「あれで本当に大丈夫ですか?」と問いかけてくる。


「すみません。あんな見苦しい断り方をして……」

「いえ! むしろ、相手の方が強引かと……お知り合いだったのですか?」

「ええ。殿下の従兄弟です」

「じゃあ、後ろにいた方も……?」


 ウルズの後ろに控えていた人物はルークも知らない相手だった。従者か何かと思っていたが、だいぶ身綺麗な男だった気がする。


「そちらは気にしていませんでした。おそらく彼の知人ではないでしょうか? どうかしましたか?」

「いえ……その、ちょっと怖いなと思いまして」

(怖い?)


 てっきりウルズを警戒していたかと思っていたが、ウルズの連れに対してだったようだ。

 彼女は大人しい性格だが、臆病というほどでもない。そんな強面な男だっただろうか。

 特に気にしていなかったルークはウルズがいた場所に目を向けたが、すでに彼らの姿はない。


(あとで殿下に聞いてみようかな……まあ、変な人を入れないと思うけど)

「ルーク様?」


 黙っていたのが気になったのか、そうトトに呼びかけられて、ルークは我に返る。


「いえ、なんでもありません。トト嬢、ガイアのお守りはちゃんと持ってますか?」


 ガイアのお守りは魔女にも有効だが、不運や悪いものから守ってくれる魔除けのようなものだ。あれがあれば少しでも良くないものから守ってくれる。

 トトは小さく俯くと、言いづらそうに口を開いた。


「じ、実は、この間ガイア様にお会いした時に修理をお願いしてまして……」

「修理? 壊れちゃったんですか?」

「は、はい。手帳と一緒に落ちた時に……」


 そういえば、手帳を持たなくなったので彼女が人形を持っていなかったことに気付かなかった。

 その時は自分の顔のことで国王へ謁見の打診や、顔が戻ってからも慌ただしかったのも原因だ。彼女も言い出す機会がなかっただろう。


「すみません、そのことに気付けず」

「い、いえ! ガイア様に人形のことで相談したいこともあったので、気にしないでください!」


 とはいえ、彼女が何も持っていないのは不安だ。ルークは自分の内ポケットに忍ばせていたブードゥー人形を差し出した。


「これをお渡ししますね」

「え……でも、これはルーク様の分……」

「いえ、今の私よりトト嬢の方が必要だと思いますから」


 彼女のおかげで自分の顔についての問題は解決した。今の自分よりも彼女の方が必要だろう。


「いいんです。今はトト嬢が持っていてください。ガイアが作り直したらまたお渡ししますから」


 トトの手の平の中で彼女似の人形が転がる。トトは人形を握りしめると恥ずかしそうに目を細めた。


「ありがとうございます、ルーク様」

「いいえ。お礼を言われるほどではありません。それに今の私にとって、トト嬢の安全は一番大事なことですから」


 ルークはそう言うと、トトは驚いたように目を見開き、頬を赤らめて俯いてしまった。



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