第41話 再会
「よくやったルーク。オレは見直したぞ」
宮廷の宰相執務室に呼び出されたルークは、以前のように書類整理を手伝っていた。
ガイアがトトと出掛ける為に休みを取ったので、その穴埋めだ。
先日、トトとの婚約が決まり、アーロイは上機嫌でルークを褒める。
「もう少しうだうだ悩むんじゃないかと殿下と話していたんだが、腹を決めてくれて良かった」
「アーロイ様……いえ、アーロイ様や奥様、そして殿下の後押しのおかげです」
そう言うと、アーロイはぽんと肩を叩いてほっとしたように笑った。
「本当に良かったよ」
「はい。いい縁談をくださりありがとうございました」
ずっと尻込みしていた自分に縁談の後押しをしてくれたのはアーロイだ。最悪、一生独り身でいることも覚悟していたが、どうにか二度目の婚約までこぎつけた。
「まだ油断するな。彼女の置かれている状況を考えると、横やりが入る可能性もある。ただでさえ、彼女は縁談の申し込みが多いからな。できれば、婚約の匂わせついでに一緒にお茶会か夜会に参加出来たら良かったんだが……」
「大騒動になりますよ、色んな意味で」
片や魔眼一族の娘で片や曰く付きの顔ナシ伯。社交界は騒然とするだろう。
それにそう都合よく大人数が参加する夜会やお茶会があるわけがない。それこそ、王家主催とか。
「殿下はどうですか? ナタリア様との結婚の件も含めて、どうにかなりそうですか?」
「そうだな……」
悩まし気にため息をついたアーロイは、眉間を揉んだ。
「トゥールの件は、上層部しか知らないとはいえ、魔女も紛れ込んでいた。世間的には何もなく廃嫡は難しいが、扱いやすくて担ぎやすい国王を望んでいる貴族もいるからね。もし殿下になにかあれば、我々もお払い箱だ」
クラウドが転げ落ちる時はアーロイもルークも共倒れだ。現状トゥールの一件を知る上層部でクラウドの婚約者の生家、ベルクシュタット公爵家と代々宰相を務めるマイルズ家、その腰巾着のリリーベル家を煙たがる貴族が公爵家の次男坊を推し始めた。
表向きにクラウドを非難する材料があれば、確実だろう。
「でも、そんな簡単に殿下を廃嫡まで持ち込めるんですかね?」
「簡単にはいかないだろう。ナタリア嬢の父上、ベルクシュタット公爵だって強力な後ろ盾だ。それこそ、魔女の力を使ったみたいなことがなければ……」
アーロイの言葉にルークは面布越しで顔をひきつらせた。
「ない……ですよね?」
「そのための我々の隔離だよ、ルーク。お父様達はなるべく問題を残さずに次世代へ引き継ぎたいと考えている。だから、オレ達も十分に注意を払う必要がある。ルーク」
アーロイがにっこりとルークに笑いかけた。
「ないとは思うが、トト嬢に逃げられるようなことはするなよ?」
「ぜ……絶対にしません。もし私の有責で婚約がなくなるようなことがあれば、切り伏せられてもかまいません」
ルークはトトのことを大事にしたいし、トトも自分との婚約を喜んでくれた。そんな彼女を手放すことも悲しませることもしたくない。
「お前の有責じゃなくてもだ」
「アッ、ハイ……」
アーロイは「まったく」と小さくぼやきながら、一枚の紙をルークに手渡した。
「今日はガイアと一緒だから、心配はないだろう。一番の懸念はトゥールが何を仕掛けてくるかだ……ガイアの作った人形は魔女にしか効果はない。どんな手を使ってくるか分からない以上、トト嬢だけは死守するんだ。いいな?」
「御意」
◇
アーロイの手伝いが終わり、宰相執務室を出て中庭の回廊へ足を延ばした。
以前ガイアから庭師とランドリーメイドと友達になった話を聞いており、彼らは中庭で仕事をしていると聞いている。
少しでも姿が見られればと思ったが、今日は中庭に誰もいない。今度はガイアも一緒にいた時にでも紹介してもらおうかと思っていた時だった。
「あれ? もしかして、ルークくん?」
気さくに声をかけられ、ルークが振り向くと淡い金髪の中年の男が手を振っていた。
宮廷でそんな風に声をかけられることがないため、面布越しに怪訝な視線を送ると、男は慌てて自分の顔を指さした。
「ほら、私だよ。フラウだ」
「フラウ……って、あの回廊で仕事をサボっていた、あのフラウおじさんですか?」
「そうそう! いやぁ、久しぶりだね! 初めて会った時はこんなに小さかったのに」
親戚の子どもに言うような言葉に、ルークは苦笑する。
「そちらこそ、えーっと……八年ぶり、くらいですか?」
先王に命じられて、ガイアと一緒に離塔の回廊に出るお化けを確かめに行った時に出会った男だ。あの頃は年若い青年だったが、歳を重ねて落ち着きのある大人になり、当時は着崩していた服も、今ではちゃんと整えている。ただ気になるのは、以前は宮廷の掃除をしていると言っていたが、掃除係には見えないほど良い服を着ていること。そして、宮廷内を歩き回るルークが彼の顔を見ていないことだった。
「もうそんなに経ったかな? 私も出世してね。掃除係の指導役として色んな所に飛び回ってて、ここ二か月くらいにようやく帰って来たんだ」
(掃除係が指導で飛び回るとは……?)
そんな疑問を浮かべながらも、ルークは笑顔を作る。
「なるほど。出世おめでとうございます。先日、貴方にとお会いしたことと、ガイアがお子さんと仲良くさせていただいていると伺いました」
「ああ、ティルスとマクベスのことか。こちらこそ、子ども共々ガイアくんには良くしてもらっているよ。ところで、噂は聞いていたけど、本当に面布を付けてるんだね?」
面布をじっと見つめられ、ルークは苦笑して面布をひらつかせた。
「ええ。おかげで顔ナシ伯なんてあだ名が付いてしまいましたよ」
「君も大変だね。話は聞いたよ。変な噂を立てられちゃったんだって?」
「ええ。まあ、こんな奇妙な布をつけていたら、仕方ありません。おじさん……と呼ぶのは目上の人に失礼ですね。フラウさんは今、どちらにいらっしゃるんですか?」
「人事になるかな? 侍従とかそこらへんの」
「……これはまた大出世ですね」
平民が下働きから宮廷の人事となれば、大出世である。彼は元々国王直属の掃除係と名乗っていたので、そもそも平民ではなく、貴族の生まれだったのかもしれない。
「あははっ。ありがとう。ルークくんだって、もう立派な宰相補佐だろう? 今度、ご飯一緒に食べに行こうよ。ガイアくんや息子達も連れてさ」
「はい、ぜひ」
フラウから手を差し出され、ルークはその手を握った。




