第38話 兄弟愛
謁見から数日後、婚約の手続きはあっという間に整った。
婚約式についてだが、トトに加え、ガイアやアーロイ、クラウドの強い希望により前よりも盛大に行うことになった。前の婚約式よりも人を呼ぶらしい。
『婚約式! 婚約式は絶対にやりましょう!』
目をきらきらと輝かせながらトトが言い、ルークは恥ずかしいような嬉しいような気持ちで頷いた。
「招待状作らなくちゃ! いや、その前にお父様やお母様に知らせて呼び戻さないと!」
ルークの婚約式を自分のことのように喜ぶガイアに、ルークは笑う。
徹夜明けでようやく屋敷に帰って来たと言うのに、物凄い張り切りようだ。
「ガイア、そんなに張り切らなくても……」
「何言ってるの! 今度こそアニキが婚約するんだから、張り切って当たり前でしょう!」
一度目はすっぽかされて大変なことになったのだ。あの時のことを思えば、今度は多少政略的なところがあっても円満な婚約になるので喜ばしいことだろう。
「てか、まだ家でも面布を付けてるわけ?」
「うん。表向きはまだ顔が直ってないことになっているしね」
ルークは就寝時や入浴時以外は自室にいる時も面布を付けたままだ。この面布とももう半年以上の付き合いになるので、取ってしまうと不安になるほどだ。
「ふーん、まあいいけど」
そう言いながらも「家にいる時ぐらい取ってもいいのに」とぼやくガイアの声が聞こえ、ルークは可愛く思えて、ガイアの頭をそっと撫でた。
「ちょ、何よ?」
「ううん。ちょっと撫でたくなっただけ……あ、そうだ。ガイアに渡したいものがあったんだ」
ルークは自室から刺繍入りのリボンを持ってくると、ガイアに手渡した。
ダークブルーのリボンにガイアのイニシャルを刺繍し、両端には金色の金具で青いガラスが付いている。
「これ……アニキが作ったの? 自分で刺繍を入れて?」
ガイアがまじまじと刺繍を見つめ、指で自分のイニシャルを撫でていた。
「うん。トト嬢に手芸を教わった時にね。あまり上手じゃないけど」
「…………」
無言でリボンを見つめていたガイアが顔を上げると、琥珀色の瞳には涙が浮かんでいた。まさか泣くとは思わず、慌ててハンカチを取り出す。
「ちょ、大丈夫⁉」
ガイアは一瞬、ぽかんとした後、小さく首を横に振る。
「ごめん……アニキ。アタシ、これ受け取れないわ」
「え?」
「アタシ、ずっとアニキのことを疑ってた。本当にアタシの大好きだったアニキなのかなって」
ぽたぽたと目から零れる涙を自分の手で拭い、ガイアは震える声で言った。
「アニキの顔が分からなくなった時、そのくらいでアニキが分からなくなるわけがないって思ってたの。でもね、顔は全然思い出せないし、声も、雰囲気も、毎回変わっちゃうし、なのに優しいところとか、口調とか、思い出話とか、全部アタシが知っているアニキで、段々自信がなくなっちゃって……いつか知らない誰かがアニキと取って代わっていたらどうしようとか」
「ガイア……」
ずっと不安だったのだろう。両親も心労で田舎に住み移ったほどだ。いくら気が強い性格だったとしても、それはただ気丈に振舞っていただけだったのだろう。あの過剰な甘えや過保護も、もしかしたらルークへの試し行動だったのかもしれない。
「アタシ、ブラコン失格だわ……だから、受け取る資格なんてないわ」
「ガイア、それは私も同じだよ」
ルークは自分のハンカチでガイアの涙を拭いながら言った。
「私もね、みんなと顔を合わせる時、誰も自分だって信じてもらえなかったらどうしようってずっと思ってたよ」
面布があったとしても、皆から不審な目を向けられる。そんな視線を感じる度にルークは怯えていたのだ。
「だからね、ガイアがそんな罪悪感を覚える必要はないよ。それにガイアは私をたくさん守ってくれた。私の為に頑張ってくれてありがとう、ガイア。今も昔もガイアは私の心の支えで私の誇りで、自慢の弟だ」
「アニキ…………本当に、顔が戻ってよかったぁ!」
泣きじゃくる弟を宥め、リボンを受け取ってもらったのだった。




