第36話 進展
「お前、この一日で一体何があった?」
ルークがようやく人の言葉を聞けたのは、あれから数分後だった。
年長者のアーロイだけでなく、控えていた護衛までもが取り乱してしまい、事態の終息に遅くなったのだ。
苛立った様子でクラウドに問いただされ、ルークの首を横に振る。
「いやいや、何があったかなんて私が聞きたいですよ。なんでみんな急に叫び出したんですか? こっちはすごい怖かったんですからね!」
なぜか皆が急に叫びだし、さらには叫び声だけで意思疎通ができていたのだ。まるで自分だけ別の世界に迷い込んでしまったのではないかと、錯覚するくらいにはルークは怯えていた。
逆にルークが言い返すと、クラウドは乱暴に面布をめくり上げた。
「顔!」
「え、顔?」
顔がどうしたのだろうか。言われてみれば、みんなルークの顔を指さしていた気がする。
「銀髪、少し垂れ目の琥珀色の瞳、縦に並んだ二つのほくろ! ルーク。お前、いつのまに顔が戻ったんだ⁉」
「え…………」
クラウドが口にしたのは、トト以外誰にも分からなくなったはずのルークの顔の特徴だ。
その事実に、ルークは時が止まったように感じた。
「え…………え、えええええええええええええええええええっ⁉」
ルークは顔をペタペタと触りながらアーロイの方を向く。
「アーロイ様も私の顔が分かりますか⁉」
「ああ、はっきりと。今まで靄がかってた小さい時の顔も思い出せる」
「ガイアも⁉」
「分からなかったら、あんなに取り乱してないわよ!」
「すみませんでした!」
なぜか叱られ、反射的に謝ると、ガイアの目が潤んでいくのが分かった。
「よかった……アニキ! アニキの顔! 戻ったぁあああああああああっ!」
化粧が崩れるのも気にせず、ガイアは泣きながらルークに抱き着く。
「ああ、良かった。良かったな、ルーク……」
「本当に……」
クラウドからズズッと鼻をすするような音が聞こえ、アーロイも少し目が潤んでいるのが分かる。
「し、心配をおかけいたしました……」
泣いているガイアを宥めた後、四人はソファに腰を下ろし、ルークとガイアの分のお茶を用意してくれた。その後、人払いを済ませると、クラウドが身を乗り出してルークを問いただした。
「それで、一体どうして顔が戻ったんだ?」
「いや、私にもさっぱり……?」
自分も顔が戻ったことに今気づいたばかりだ。ラピスティア侯爵家でも特別なことをした記憶はない。
「ガイアはいつ気が付いたの?」
「アニキが談話室に入って来た時に、なんか雰囲気が違うなと思って……」
少なくとも、今朝までは顔が見えない状態だったはずだ。もしかしたら、ラピスティア侯爵家へ行って帰って来るまでの間に顔が戻っていたのかもしれない。
「ルーク、事細かに思い出すんだ。そもそもトト嬢とは話ができたのか?」
「あ、はい。結婚についても受け入れてくれて、顔の詳細をお話しました。それから、トゥールの魔女さんの言う通り、どうやら彼女の魔眼の力は本物のようです」
ルークはトトが面布と同じ効果を持つレースを作ったことを話すと、皆が難しい顔を浮かべる。
アーロイは眉間を手で揉みほぐしながら言った。
「それで? ルークは魔眼で見てもらったのか?」
「はい。まだ彼女は自在に使えないようですが、偶然にも発動しまして……私のイメージを見たいと言われて、魔眼が落ち着くまでしばらく……」
「シャルロットが、トト嬢の魔眼は人の心や軌跡を形にすると言っていたのにか? よく見せたな」
「あんな期待の眼差しで頼まれたら、断り切れませんよ」
恥ずかしかったが、目をキラキラと輝かせておねだりする顔や、見終わった時の満足げな顔を思い出すと悪い気がしない。
クラウドが「惚気やがって」と毒づいて、さらに言った。
「その時に何かなかったのか? 例えば、お前にかかった言霊が見えたとか?」
「んー……特にそんなことは言っていませんでしたけど?」
あの時は身体に穴が開いてしまうのではと思ってしまうほど見つめられてしまい、恥ずかしくて目を閉じてしまったのだ。
「そういえば、変な音がしましたね……?」
「変な音? なんで?」
ガイアが小さく首を傾げ、ルークも真似る。
「さあ? ぶちんって何かをちぎるような音に聞こえたけど……トト嬢は『糸くずを払っただけ』って」
糸くずを払っていたという割には、気合の入った声が聞こえた気もするが、当時のルークはまるで気にしなかった。
「それじゃあ、何も分からんな。ルーク、すぐに父上に報告しろ。そして明日にでもラピスティア侯爵とトト嬢を呼び寄せるよう進言するんだ」
「御意」




