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第35話 帰還

 

 ルークは面布をつけると、トトと共に応接室を出て、彼女の父がいる執務室へ足を運んだ。


「失礼します、ラピスティア侯爵」

「やあ、リリーベル伯。話が済んだんだ……うっ!」


 事前に断りを入れてから執務室へ足を踏み入れたが、ラピスティア侯爵は急に呻き声を上げて、ルークから目を逸らした。


「リ、リリーベル伯? 君、急に眩しくなったけど、どうしたの?」

「え……?」


 隣にいるトトを見やると、彼女は不思議そうな顔をして首を横に振った。

 彼は遮光板付き眼鏡をかけているにも関わらず、まるで日差しを遮るように顔の前に手を添えていた。


「ま、まあ……君の眩しさから察するに、顔のことはちゃんと話したんだね?」

「はい。結婚の許可をいただきたく思います」


 ルークがそう言えば、ラピスティア侯爵はトトに目を向けた。


「トトは? 本当にいいの?」

「はい。私はルーク様と結婚したいです」


 娘の言葉にラピスティア侯爵は口元を綻ばせて、しっかりと頷く。


「分かった。トトはまだ社交界デビューしていないし、しばらくは婚約って形になると思う。国王陛下に婚約の許可とトトの魔眼の報告も兼ねて、謁見の申請をしよう。君も見ただろう? トトの編みかけのレース」


 ルークの面布から着想を得たというレースのことだろう。面布と同じ効果を発揮しているので、彼女の魔眼の根拠になる。


「はい。あれがあれば、仮設だったトト嬢の魔眼が、本物であると分かると思います。ただ……侯爵夫人の説得はどうしましょう?」


 トトの母親はルークのことを毛嫌いしていたのだ。いくらトトが説き伏せたとはいえ、納得できるものではないだろう。できれば良好な親戚付き合いをしたい。

 それと聞いたラピスティア侯爵は「あー」と思い出したように声を漏らした。


「トトが根気よくリリーベル伯の良さを語り聞かせたっていうのもあるけど、アーロイ殿から、ガイア殿作のブードゥー人形をもらってね。あれから少しだけ落ち着いたんだよ」


 ラピスティア侯爵はそう言って肩をすくませる。


「妻はね、リリーベル伯に対する我々の認識と自分の印象の違いの差に戸惑っていたし、家族の誰からも共感を得られなくて苦しんでいたんだ。誰かに唆されていれば、その悪意が私にも見えるが、今回は何も見えなかった。本当に彼女が善意で言っている分、私も困惑したよ。本当に厄介だね、君の顔に掛けられたソレは」


 魔女の言霊は彼の魔眼をすり抜けてしまったらしい。長年連れ添っていた女性の様子がおかしくなってしまえば、ラピスティア侯爵の心労も大きなものだっただろう。


「まあ、何はともあれ。よかったよかった。トトの魔眼の把握できたし、君の顔が解決するのも時間の問題だよ」

「あはははは……だといいですね」


 早く解決したい気持ちはあるが、こればかりは誰も予測できない。

 トゥールの魔女が解決できなかったのだ。トトの魔眼が目に見えない言霊を可視化できるとしても、解決する手段も方法も手探りになる。

 ルークはトゥールの魔女に協力を要請したいと陛下に打診するつもりだ。


「国王陛下への謁見の打診は、私からいたします」

「そうだね。わりとせっつかれていたみたいだし。よろしく頼むよ。今日はここまでにして、トト、彼を見送っておいで」

「はい!」


 二人で執務室を出て、玄関先のロータリーで馬車を待っていると、トトは言った。


「ルーク様。私、ルーク様と婚約できて、嬉しいです!」

「はい、私もです」


 婚約を進めるにあたり、やることはたくさんある。


(ガイアにダリル、それに両親にも連絡しないと……)


 顔のことだけでなく、以前の婚約式のこともあり、両親はさぞかし心配しているだろう。

 今回の報告に喜んでもらえると嬉しい。


「私の方から手紙を出しますね」

「はい、楽しみにしています」


 到着した馬車へ乗り込み、ルークは屋敷へ戻った。

 屋敷につけば、いつも通りダリルが控えており、ルークを出迎えた。


「ただいま、ダリル」

「ああ、ルーク坊ちゃん。おかえりなさいま……」


 ダリルは驚いたように目を見開き、自分の口元に手をやった。


「どうしたの?」


 ルークは首を傾げると、ダリルはハッとした様子で首を横に振った。


「い、いえ……なんでもございません。ところで、ラピスティア侯爵令嬢とのお話は?」

「ああ、彼女と婚約する運びになった。陛下に報告し、承認を得ればだけどね」

「それはそれは、おめでとうございます!」


 目に涙を浮かべるダリルに、ルークは苦笑する。


「ダリル、そんな泣かなくても……大袈裟だな」

「私は本当にルーク坊ちゃんを心配していたのですよ」


 目元をハンカチで抑えながら「ああ、年を取ると涙腺がもろくなりますね」とダリルは呟いた。


「きっとガイア坊ちゃんもお喜びになると思います」

「だと嬉しいな……ところで、ガイアは? 今日帰宅予定でしょ?」

「まだお戻りになられていません。おそらく夕食前になるかと」

「そっか。少し自室で休んでいるから、ガイアが帰ってきたら教えてくれる?」

「承知いたしました」


 ルークはその足で自室に戻ると、どさりとソファに腰を下ろした。

 ラピスティア侯爵家にいたのはせいぜい一時間ほどだったが、とても長い時間に感じられた。

 彼女に顔のことを聞いてもらえて、少しほっとした。慕ってくれているとは思っていたものの、結婚となるとまた話は変わってくる。トトの口から自分と結婚したいと聞いた時は、心臓が止まりかけた。


(あとは陛下に報告して……殿下達にも会って……それからトゥールの魔女さんの面会の許可をもらって、顔のこともどうにかしないと……)


 魔女との面会やら、顔の話やら気を張っていたせいか、安心してどっと疲れが出てきた。

 眠気が出てきて、ルークは上着をソファに掛けて、少しだけ横になる。


(婚約か……)


 ルークはそっと目を閉じ、微睡みに沈んでいった。


 ◇


 ルークは自室のドアをノックされた音で、目が覚めた。


「ルーク坊ちゃん、ガイア坊ちゃんがお帰りですよ」

「ん、んんっ……ああ、分かった」


 寝ぼけ眼をこすり、ルークは髪を軽く手櫛でとかしてから面布をつけ直した。

 談話室へ向かうと、帰宅したばかりのガイアが紅茶を片手に座っている。


「お帰り、ガイア」

「アニキ! トト嬢はなんだって…………?」


 嬉しそうな表情を浮かべて振り返ったガイアが、ぴたりと動きを止めた。まるで人形のように表情も固まったまま、ルークを凝視している。


「ん? どうしたの、ガイアァ⁉」


 ガイアはこちらに歩み寄ってくるなり、無言でルークの面布をめくり上げた。

 無言で見つめ合うこと数秒。

 彼は心痛な面持ちでルークから顔を逸らし、そっと面布を下ろす。そして、再び面布をめくり上げた。

 さらに見つめ合うこと数秒。


「ああああああああああああああああああああああああっ!」

「うわあああああああああああああっ⁉」


 いきなり叫び出したガイアに驚いて、ルークも思わず叫んでしまう。


「どうしましたかっ⁉ ガイア坊ちゃん! ルーク坊ちゃんっ!」


 二人の声を聞きつけたダリルが他の使用人も引き連れて、談話室に駆け込んできた。

 ガイアは面布をめくり上げたまま、ルークの顔を指さした。


「あああああああああああああああああああああああっ!」

「あ、ああっ! あああああああああああああああああああああっ⁉」


 それから小一時間ほど、ルークの世界は絶叫に包まれた。

 ダリルと使用人達は叫び声を上げたまま部屋を飛び出して行き、ガイアはルークをロータリーまで運び出した。あのか細い腕のどこにそんな力があったのか、ルークを小脇に抱えたのである。

 その間、使用人達とすれ違う度に、ルークの顔を見た彼らは指をさして叫び声を上げる。馬車の御者すらルークの顔を見て叫び、そのままドアを開け、ガイアによって馬車の中へ放り込まれた。


 一体馬車はどこに向かっているのかと思えば、宮廷だった。


 ガイアはルークを担いで馬車を降りるなり、今度は無言で宮廷内を駆けまわった。

 クラウド個人の応接室のドアを蹴破る勢いで開けると、呆れた顔のアーロイとクラウドがソファにくつろいでいた。おそらく業務後に雑談でもしていたのだろう。

 アーロイが小言を言おうとしてか口を開きかけた時、ガイアは担いでいたルークの面布をめくり上げた。


「あああああああああああああああああああああああっ!」

「「あ…………あああああああああああああああああああああああっ⁉」」



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