第33話 告白
「ルーク様、大丈夫かしら……」
ルークとのデートから一週間ほどが経った。
前にもらった手紙に、思ったよりも早く謁見が叶うことになったと書いてあった。たしか昨日がその謁見の日だ。
(陛下の許可がなければ話せない事柄なのは百も承知だけれど、お父様やお兄様を通して陛下にお願いできないかしら……)
とても優しくて、誠実で、少し頼りなくて、かっこいいと言えなくても、他の殿方にはない愛嬌があって可愛らしい素敵な人だ。トトはルークの力になりたい。
(ラピスティア家からお願いするよりも先に、まずはルーク様のお返事待ちね)
トトの手元には作りかけのレースが握られていた。彼の面布から着想を得たレースはまた手の平ほどの大きさになった。一度デザインが消えてしまったが、あの時に見たイメージを思い出しながら根気よく編み続けたのである。
「やっとこの大きさか……」
夜空に浮かぶ星座をイメージしたこのレースは、ドレスのカフスに使うつもりだ。そのためにはもっと大きくし、両袖分作る必要がある。
「一時はどうなるかと思ったけど、仕上がりそうでよかった……」
トトはレースをひっくり返すと、小さな声を上げた。
「え……模様が……」
表面にあった星座の模様が、ひっくり返した瞬間に消えてしまう。それどころか、透けて見えるはずが一枚の布のように視界が隔たれていた。
「え? え、ええ?」
それはまるで、ルークの面布のようだった。
(ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ⁉)
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。トトの混乱は止まらない。
少なくとも自分は何か手を加えたわけでもなかった。
(まずは誰かに相談しないと! シャルロット姉様? それともグレン兄様やシルベスター?)
「トト?」
「わっ⁉」
不意に声をかけられて飛び上がると、そこには手紙を持ったグレンが立っていた。
「ルーク殿から訪問の連絡があった。一時間後に屋敷につくから準備を」
「え? わ、わかりました……」
◇
ラピスティア家についたルークはラピスティア侯爵に出迎えられ、応接室に案内される途中にラピスティア侯爵が口を開いた。
「トトに顔のことを話すのかい?」
「はい……内容は昨日お送りした手紙のとおりです」
それを聞いて、ラピスティア侯爵はため息をついた。
「目を通した時は、何の冗談かと思ったよ」
ルークは昨日のうちにラピスティア侯爵に、陛下と魔女のことついてことを手紙にして送っていた。
もちろん、ルークの顔についてトトに話す経緯についてもだ。
「……ラピスティア侯爵はどうお考えで?」
「前のお見合いの通りだよ。多少苦労はあるかもしれないが、トトの判断に任せる。まさかあのお見合いが、こんな形になるとはねぇ……」
感慨深い顔で言うラピスティア侯爵に、ルークは静かに苦笑した。
そしてルークは応接室に通され、ルークの姿を見たトトが表情を明るくさせる。
「ルーク様、お久しぶりです」
「トト嬢。お久しぶりです。返事が遅くなり申し訳ありません」
ラピスティア侯爵は「頑張れ」とルークの肩を叩き、人払いをさせて応接室を出て行く。
ルークは席に着くと改めてトトに向き直り、面布を外した。
「大事なお話があります」
ルークはまず、トトがデザインしたヴェールの話をした。
トゥール王女、クレアが『恋するヴェール』の絵を自国に持ち帰ったことで、ヴェールには不思議な力が宿っていることが分かったこと。王位継承争いをしているトゥール王弟がその不思議な力を利用するためにデザイナーを探していること。トゥール国王はその事実に気付いて、秘密裏にイェルマに伝えてくれたこと。
「そもそも、トト嬢のデザインを何に使うかということですが、それは私の顔についての事柄とも深く結びついています。陛下は貴方の保護と顔の機密性も含め、婚姻を前提に話を進めたいと考えています」
トトの目が大きく見開かれた。
それもそうだろう。ルークも戸惑ったくらいだ。
「陛下は婚姻ほど強固な守りはないと仰せでした。実際に私は王家と近しい家柄なので、大々的に発表すれば、トゥールは手を出しづらくなります。婚姻や私の話を聞くかどうかについてラピスティア侯爵は貴女の判断に任せるとのことです」
トトは考えるように俯いた。
「もし、私がここでお断りしたらどうなるのでしょうか」
「まだそれについて決定はしていませんが、おそらく王家が信頼をおける有力貴族と政略結婚になるでしょう。そうなれば、最有力候補はうちの弟です」
「ガイア様はだめです!」
最愛の弟を即座にトトに却下されたルークは、少し面食らった。
彼女とガイアが結婚するのは複雑な思いがあるものの、否定されるとそれはそれで思うところがある。
「ガイア……ダメです? 悪い子ではないと思うのですが……」
「いえっ! ガイア様が嫌なのではなく、ルーク様と親戚になるのが嫌というか……」
「えっ⁉」
少なくとも嫌われていないと思っていたルークは思わず声を上げた。
友達として交流と親戚付き合いは違うと分かっている。分かっているが、直接嫌と言われると傷つくものがあった。
「す、すみません……トト嬢と良好な関係を築けていたと思っていましたが……どうやら自惚れだったようです……」
「ち、違います! 親戚になりたくないっていうのは言葉の綾です! む、むしろ……ルーク様と結婚したいと思っています」
予想もしてないトトの言葉に、一瞬頭の理解が追いつかなかった。
そもそも自分は呼吸が出来ているのかすら分かっていないまま、彼女を見つめた。
「私は……ラピスティア家の人間なのに、ずっと星から雫を与えられなかった子として、周囲から『一族のはぐれ者』と嗤われていました。母方の従兄弟にすらそう呼ばれていたんです。でも、ルーク様は私を魔眼の有無に関わらず、とても優しくて、対等に接してくれて、私の大事なものを守ってくださる素敵な方です。私は、ルーク様と人生を歩む覚悟ができています。だから、私にルーク様の顔の真実を教えてください」
嬉しい気持ちと、驚きと、泣きたいような気持がルークの心の中で大暴れしているのが分かった。
この気持ちをなんて言葉にしたらいいのだろうか。
しかし、まずは自分の顔について話すのが先だろう。
浮足立つ気持ちを抑えて、ルークは頷いた。
「分かりました」
ルークはこの顔の原因になったトゥール王女の話、さらに駆け落ちしたシンディと自分を毛嫌いしていたトトの母親の経緯を話すと、トトの表情が驚きから、同情、そして最終的には怒りに変わっていた。
「な、なんですか、それ……? ルーク様は何も悪くないじゃないですか!」
「まあ、顔については何も悪くないと思っています」
「それに嘘だったとはいえ、相手の王女様は、断ったら死ぬと脅していたんですよね? 身勝手にもほどがありますよ!」
「トト嬢、しーっ! しーっ!」
さすがに他国に関わる話なので、誰かに聞かれるとまずい。ルークが宥めると、トトは深呼吸をしてから、また口を開く。
「それで、私のヴェールと先ほどの話に何が関係していたんですか?」
「魔女が言うには『恋するヴェール』は魔女が操る言霊の塊のようなものだそうです。トゥール王弟はそのデザイン力を流用し、魔法を誰にでも扱えるようにし、軍事利用を考えているみたいです」
それを聞いてトトは顔を真っ青にし、あるものを取り出す。それは編みかけのレースだった。おそらく、ルークが来るまで編んでいたのだろう。
トトはそれを無言でテーブルの上に置いた。
「それは……?」
「ルーク様の面布から着想を得たレースです。よくご覧ください……」
彼女は自分の顔の前に持っていくと、くるりとひっくり返した。すると、透けて見えていたはずの彼女の顔が一枚の布に隔たれたように見えなくなる。
「⁉」
「私……今、どんな顔をしていますか?」
トトが自分の顔にレースをくっ付けると、その表面には「汗」という文字が浮かび上がる。
彼女の困惑具合が伝わり、ルークが頷いた。
「とても、困った状態だと分かりました……そして、魔女が言っていたことが大袈裟でないことも……」
「はい……」
トトがそっとレースをテーブルに置き、二人の間に沈黙が流れた。
トゥールの魔女が推測していた通り、彼女は魔女の魔法をレースとして形にしてしまう力がある。
「トト嬢……」
「はい」
沈黙を破ったルークはまっすぐトトを見つめた。
「この顔になってから、あまり人付き合いでいい思いをしたことがなかったのですが、貴女と出会ってからとても穏やかな時間を過ごさせてもらいました。トト嬢が私との交流を大切にしてくれたり、貴方がレースやお姉さんの話をしている時の表情を見て、トト嬢を大切にしたいと思うようになりました。この気持ちはきっと私にとって恋や愛なのだと思います。こんな形になってしまいましたが、私と結婚してください。そして、貴女も、貴女の大切なものも私に守らせて欲しい」
ルークがそうはっきりと伝えると、急に頬が熱くなるのを感じた。
トトは頬を赤く染め、少し困ったように笑った。
「はい」




