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第31話 心の違い

 

「ルーク、いつまで頭を抱えているんだ?」


 国王との謁見が済み、ルークはクラウド、アーロイ、ガイアと一緒に応接室にいた。

 ルークは三人に、許可が下りればトゥール王女とルークの間に起きたことをトトに話すと手紙で伝えている。しかし、トゥールの魔女といい、結婚といい、伝えるべきことが多すぎて、ルークは頭を抱えてしまったのだ。


 一応、人払いを済ませているが、あまりにも事態が大きくなってしまっている。


「この一時間の間に色々なことが起こり過ぎて……何から伝えるべきか」

「父上と謁見しただけだろう? まず、父上から許可は下りたのか?」

「はい……許可はおりました。ただ、この顔についての事柄は、容易に話すものではないと……端的に言うなら、話すなら彼女と結婚しろと言われました」

「「……は?」」


 固まるクラウドとガイアとは裏腹に、アーロイは上機嫌だ。


「陛下が言うなら仕方がありませんね。結婚しなさい、ルーク」

「待て待て待て! クレアとお前の間にあったことは、ラピスティア家の面々も知っている事柄だろう? なぜ、父上はそんな答えを出したんだ? ましてや、トト嬢の魔眼はまだ魔女の言霊の対抗策になるのかも分かっていないんだろう?」


 少なくともシンディの時は結婚を条件にしていなかったが、あの時と今では全く状況が違う。


「実は謁見の前に、トゥールの魔女と面会がありまして。その魔女がこの面布を作ってくれた方だったんですよ」


 三人は捕まった魔女が面識のある者だと知らなかったらしく、一気に表情を曇らせた。


「クレアの側付き魔女が一体何の用だ?」

「まさか王女の記憶が戻ったとか?」

「いえ、そんな話はしていませんでしたが……トゥールでは王女の兄君と王弟のご子息が王位を争っている最中だそうです」


 ルークがざっとトゥール国内の内情を伝えると、黙って聞いていたガイアが舌打ちする。


「何それ、お家騒動なら勝手にやってなさいよ」


 ガイアの歯に衣着せぬ物言いにクラウドとアーロイも大きく頷いた。


「どう考えても我が国に利はないだろう?」

「陛下や父が協力に頷くとは思いませんね」


 もちろん、ルークも同じように思った。


「それがですね。あの『恋するヴェール』が深く絡んでいまして……」


 ルークがため息交じりにトゥールで起きたこと語ると、三人は苦い顔を浮かべた。


「またクレアか……」

「確かに、王女は妻のヴェールをいたく気に入っていたと記憶しています。他国の姫君だから無下にはできず、観賞用であれば構わないと許可していました」


 思った以上に彼女が残した爪痕は深く、数が多かった。ルークの顔だけでなく、トゥールの問題がまったく関係のないイェルマまで巻き込むとは、誰が思うか。


 不意にガイアが立ち上がり、部屋の外へ向かった。


「ちょっと、ガイア。どこに行くの?」

「どこって決まってるじゃない。ブードゥー人形の材料を取りに行くの」


 ガイアは笑顔を浮かべているが、綺麗な額にくっきりと青筋が浮かんでいた。


「あの女ァ……よくここまで他人様を巻き込んだなぁ……」

「ガイア、落ち着いて!」


 怒りに震えるガイアを三人で抑え、どうにかソファに座らせた。


「つまり、トト嬢の保護を目的に父上と宰相はルークに結婚を勧めているわけか?」

「そういうことです……」


 ルークがため息をつくと、アーロイは静かに首を傾げた。


「ルークは何に悩んでいるんだ? 結婚すればいいだろ?」

「………………へ?」

「そうだな。おまけにお前の顔も判別つくだけでも大きいぞ」

「え、殿下?」

「そうよね。アタシもトト嬢なら大歓迎だし、自分からデートを誘うくらいだからトト嬢もまんざらでもないんじゃない?」

「ガ、ガイアまで!」

「むしろ、アニキは何を躊躇ってるわけ? トト嬢に何か不満でもあるの?」


 弟の言葉にルークは言葉を詰まらせた。


「ふ、不満なんてあるわけがないよ…………」


 トトのことは大事に思っている。数少ない大事な友人の一人だ。トトの結婚相手がガイアでも構わないと聞かされた時、思わずガイアに嫉妬してしまうほど彼女は大きな存在となっていた。


「彼女はとても素敵な女性です。思いやりもあって、私にもきちんと向き合って話を聞いてくれる穏やかさもあります」


 今まで社交界で出会ってきた女性は、強引なアプローチをかけルークの気持ちを慮る人はいなかった。

 そして極めつけは、トゥール王女とシンディである。


 トゥール王女、クレアは王族らしい気質で自分の気持ちを押し通そうとした。

 シンディはルークの顔や家の事情もあったとはいえ、ルークに本心を明かすことなく幼馴染と駆け落ちし、婚約式をすっぽかした。


 それに比べ、トトは穏やかな女性で、ルークの境遇に寄り添ってくれている。


「私は、彼女を大切にしたいと思っています。トゥールの情勢に巻き込まれないように守ってあげたい。ただ、それが結婚という形で彼女を縛りつけるのは私の意に反するというか……」


 あーでもない、こうでもないと頭を抱えるルークに、アーロイとガイアが頷き合い、クラウドに顔を向けた。


「「殿下、お願いします」」

「任せろ」


 深く頷いたクラウドはおもむろに立ち上がり、ルークの隣へ移動する。

 そしてルークの首に腕を回すと、そのままルークのこめかみに拳をぐりぐりと押し当てた。


「ルーク……うだうだ言ってんじゃねぇよ、このドヘタレがぁあああああああああああっ!」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!」


 理不尽な暴力に襲われ、解放された後も頭の中がぎゅっと抑え付けられた感覚が残る。外れかけた面布を直しながら、ルークはクラウドから距離を取る。


「な、何をするんですか⁉」

「ヘタレに喝を入れてやったんだろうが! 結局、お前自身はどうしたいんだよ!」


 クラウドの言葉にルークはぐっと押し黙る。


「いいか、お前が答えを出さずに終われば、父上は見切りをつけて別の有力貴族をトト嬢の結婚相手に据えるだろう。少なくともオレはそうする」


 実際に国王はガイアを候補にあげていた。そうでなくても、国交回復の立役者に相応しい貴族は大勢いるだろう。


「というか、お前は相手のことを思うばかりに自分を蔑ろにする悪い癖がある。まずはお前の気持ちを考えろ。お前はトト嬢が好きなのか? どうなんだ?」

「…………わ、わかりません」

「彼女を大切にしたい、守ってあげたいと思ってもか?」


 彼女を大事にしたい気持ちが恋というのなら、まさしく自分は彼女に恋をしているのだろう。しかし、ルークにとって恋というものは、人生を大きく狂わせる激情であり、酷く複雑で恐ろしいものだった。

 ルークは一年近く、他人の恋に振り回されて続けた。


「彼女を大切にしたい気持ちが自分の知る恋とかけ離れ過ぎていて、何とも言えません。私の知る恋は、どれも熱烈で、人を突き動かすようなものでしたから」


 アーロイもクラウドも相手との出会い方は違うが、どちらも相手のことを大事にしている。

 クラウドは長年婚約者と付き合ってきただけあり、熟年夫婦のような貫禄がありながらもその実、婚約者にベタ惚れだ。

 アーロイは言わずもがな、愛妻家でお付き合いを始める前は必死にアプローチしていた。そんな兄貴分の恋愛事情に加え、トゥール王女やシンディの言動を思い出せば、ルークが抱くトトへの感情に戸惑いを覚えた。


「殿下やアーロイ様、ガイアに向ける親愛とも違うとは分かるんです。いっそうのこと、割り切ってしまえれば良かったんですけど、どうも自分の中で整理がつかなくて……」


 ルークがそういえば、室内に深いため息が響く。それはアーロイが零したものだった。


「恋が分からないねぇ……」


 一瞬、怒られるのかと身構えていたが、アーロイはすっと立ち上がり、部屋の外に待機していた小間使いに声をかける。


「今すぐ馬車の手配を、それからマイルズ侯爵家に先触れを」

「あ、アーロイ様……?」


 ルークが声をかけると、アーロイは呆れたような笑みを浮かべた。


「おいで、ルーク。お前に『恋するヴェール』を見せてあげよう」



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