第30話 隠れた心
「以上が、トゥールの魔女から聞いた話です」
ようやく国王と謁見が叶い、ルークは独房であったことを伝える。謁見は人払いをすませた国王の執務室で行われていた。
ありのままを伝えたつもりだが、国王は難しい表情を浮かべている。
にわかに信じがたい内容だ。特に実物のヴェールを知らないルークは、彼女の言葉を信用していいのかすら分からない。
そのうち、国王から深いため息が聞こえてきた。
「『恋するヴェール』か……たしかにあれは素晴らしいものだった。魅了の力が宿っていると言われても頷いてしまうくらいにな」
国王の言葉に傍にいたアーロイの父も頷き、ルークはきょとんとしてしまう。
「それほどですか……?」
「そういえば、そなたはラピスティア侯爵の意向で参列できなかったのだったな。我が妃もあのヴェールを見て羨ましがっていたほどだ」
国王だけでなく、王妃も魅了していたとは思っていなかった。
それを聞いていたアーロイの父、マイルズ侯爵が頷いた。
「陛下と王妃殿下はクラウド殿下の婚儀の時、ナタリア嬢にも同じものを用意したいと仰せになりましたが……あのバカ息子、ごほん失礼。愚息が『あれは妻の心だそうなので、例え陛下の望みでも渡すわけにはいきませんね』と失礼極まりないことを言い出したのです」
(それ、ただの惚気だ~~~~~!)
妻一筋のアーロイなら国王が相手でも軽く言ってしまうだろう。
その時の光景がありありと浮かんでしまい、周囲の様子を考えるとルークは式に参加しなくてよかったと胸を撫で下ろした。
「デザイナーの隠匿とヴェールの使用の禁止はシャルロット嬢の強い希望だった。彼女は未来視の魔眼を持つ。そんな彼女が言うのであれば、何か意味があるのだと思ったが、まさかこのような結果になるとはな」
国王は眉間に手をやって低く唸った。
「雫の力はラピスティア家の血筋を除き、遺伝しないとされている。しかし、その力を流用し誰もが使えるようになれば、大きな問題になるだろう。トゥールの魔女が危険を冒してまでリリーベル伯爵に伝えたかったのも、そなたが魔女の被害者であり、王家に信頼されている人物だったからか?」
「はい。そう魔女は話していました。アーロイ様との繋がりもありますし、一番手っ取り早いと思ったのでしょう」
もしくはルークのお人好しな性格を狙っていたのもあるだろう。自分を陥れる薬を作った魔女の助命を申し出たくらいなのだから。
低く唸っていた国王は顔を上げ、マイルズ侯爵に目を向ける。
「その話が本当であれば、ヴェールのデザイナーを性急に見つける必要があるな」
「すぐ愚息に聞き出します」
「その必要はありません。そのデザイナーの所在はすでに私が把握しています」
ルークがそう口にすれば、二人が顔をしかめた。そんな顔になるのも当然だろう。ルークはアーロイの結婚式に参列できず、実物すら見たこともないのだ。
「偶然にもそのデザイナーは私の友人だったのです。今回、その友人にこの顔になった経緯を話す許可を頂くために参上いたしました」
国王とマイルズ侯爵はクラウド達からルークの交友関係を耳にしていたのだろう。納得したように頷いていた。
「許可しよう」
「寛大なお言葉を賜り、感謝いたします」
「して、リリーベル伯爵。その友人とはいつ縁づくのだ?」
「…………はい?」
陛下からトトとの結婚をせっつかれるとは思ってもなかったルークは、きょとんとする。
「えーっと、陛下。何か誤解をしているようですが、その友人は私の顔を元に戻すために深い事情を知りたいと希望しました。決して将来の誓いを立てるためにお話をするわけではありません」
トトは自分の魔眼の意味を知るため、ルークの顔を戻すために事情を聞きたがっていたのだ。彼女が自分を友人として慕ってくれているのは痛いほど分かるが、結婚するような深い仲ではない。
そんなルークの言葉に国王とマイルズ侯爵はやれやれと肩を竦めた。
「リリーベル伯爵。そのデザイナーを保護するのに結婚ほど強固な守りは存在しないことぐらい、分かっているだろう?」
「そ、それは…………」
彼女は侯爵令嬢だ。彼女の姉は王家とも関わりが深いマイルズ侯爵家と縁づいた。さらにルークと結婚すれば、これほど十分な守りはない。
ルークも頭では分かっている。しかし、かつての失敗が脳裏を横切ってしまい、どうしても踏み出せない。たとえ、彼女が自分の顔が分かり、慕ってくれていてもだ。
「そんなに悩むなら、そなたの弟のガイアでもいいぞ?」
「だめです!」
咄嗟にそんな言葉が出て、ルークは思わず手で口を塞いだ。
ルークの様子に国王は面白そうに目を細める。
「ほう、弟をこよなく愛するそなたが、即座に否定するとは。その心はなんだ?」
「お、弟は兄の私から見てもよく出来た子です。雫の力も大いに役に立っていると、トゥールの魔女の様子からも分かりました。しかし……」
ガイアなら彼女と趣味の系統が似ているので話が合うし、なんならルークよりも漢気がある。雫の力でも彼女を守ってくれるだろう。
(なんだろう、釈然としない。心の底から二人を祝福できるか考えると、不安しかない)
考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。ルークの胸で渦巻くもの、それは幼い頃に感じたガイアへの嫉妬心に似ている。ガイアに対してこんな感情を抱いたのは久しぶりだった。
長いため息が聞こえ、ルークはハッと顔を上げる。
国王が呆れたような、微笑ましいものを見るような目をルークに向け、マイルズ侯爵もどこか微笑んでいるようにも見えた。
「リリーベル伯爵。そなたは良くも悪くも欲がない。しかし、それは無意識に望みを抑圧しているのではないかと、私と宰相は心配しておった。前リリーベル伯爵は否定しておったがな。しかし、そなたは子どもらの中で身分も年も下で、クラウドも我儘だったからな」
「我が愚息も、頭が固く決して性格がいいともいません」
二人はまるで自分の子を心配するような柔らかな表情を浮かべ、互いに頷いていた。
「そなたの優しさも欲の無さも美徳の一つだが、諸刃の剣のようなものだ。もう少し自分の心に正直になりなさい」
「肝に銘じておきます」
「そして、そなたの顔の詳細は容易に広めて良いものではない。細心の注意を払うこと。そして、その友人との今後の関係をよく考えた上で話すこと。私からは以上だ」
国王の言葉にルークは首を垂れた。
「陛下の仰せのままに」




