第29話 思惑
「『恋するヴェール』ですか?」
まさかトトがデザインしたウエディングヴェールの名前が出てくるとは思わなかった。
ルークが目を丸くすると、魔女は大きく頷く。
「はい。王弟殿下は『恋するヴェール』のデザイナーを探して、我が国に引き入れようとしています」
なぜデザイナーを求めているのだろう。一見、雫とは関係が無いようにも思え、ルークは首を傾げた。
「ご、ご存知ですよね? マイルズ侯爵令息の奥様が身に付けていたというウエディングヴェールですもの。マイルズ侯爵令息の幼馴染であるリリーベル伯爵令息が知らないわけありませんよね?」
魔女は弾んだ調子で聞いてくるが、ルークは件のヴェールを実際に見たこともなければ、その存在を知ったのはつい最近だ。一応、トトがデザイナーであることは知っている。しかし、なぜトトを探しているのか分からない。
「残念ながら、私はアーロイ様の結婚式に参列できなかったんですよ」
「なんと⁉」
彼女はぎょっと目を見開き、その目からはらはらと涙を零し始めた。
「お労しや、リリーベル伯爵令息……あんなにこき使われているのに、結婚式にすら呼ばれなかったなんて……」
「誤解です」
今でもアーロイやクラウドに話のネタにされるが、他者から言われると居たたまれない。
「色々な事情が重なって出席できなかったんです。決してアーロイ様のせいではありません。それは置いておいて、なぜそのヴェールを知っているんですか? アーロイ様の結婚式は四年くらい前の話ですよ?」
当然だが、クレアがこの国に留学するよりも前のことだ。クレアとの交流はアーロイの方が多かったと記憶しているが、さすがに結婚式に呼ぶような仲ではない。
「事の発端は帰国したクレア王女の荷物から一枚の絵が見つかったことでした。それはとても綺麗なウエディングヴェールの絵で、私も思わずうっとりしてしまうほどでした」
「もしかして、それが『恋するヴェール』だったと?」
「はい! クレア王女が言うには留学中にヴェールの噂を聞きつけて、特別に見せてもらったようです。そのデザインを使いたいと言ったら断られたのですが、デザインを使用しないことを約束に書き留めさせてもらったと」
あくまでも観賞用に書き留めさせてもらったのだと、クレアは口にしていたそうだ。
「そ、それでですね。その絵に魔女達の目が留まったんです。男女問わず、全員です」
美しいものに惹かれるのは仕方ないとしても、男女問わず、そして魔女が皆、目を留めることは珍しいことだったらしい。
「魔女達は私とイェルマの雫持ちが力を合わせて作った面布のように、何か不思議な力が働いているのではないかと推測したんです。絵だけでも目を引くのです。我々は何の力も持たない針子に小さなヴェールを作らせました。その結果、あのヴェールには魅了に近い憧れや羨望を抱く作用があることが分かりました。特に女性に強い効果を発揮しているようです」
「……はい?」
確かにあのヴェールを使用したいという女性が跡を絶たなかったとアーロイから聞いている。きっとアーロイもそんな力があったとは思わなかっただろう。
「魔女の力を介さずに力を発揮するなんて異常なことです。我々は、ぜひともヴェールの制作者にお会いしたい気持ちだったのですが、情勢が情勢なだけにこの事実を伏せることに決めました。しかし、過激派に情報が漏れてしまったのです」
「………………まったく話が読めません。それに過激派とは?」
トゥールの事情に明るくないルークは、そう口にすると魔女は言った。
「我々魔女は、王族の所有物なのですが、決して一枚岩ではありません。王族の思惑の数だけ派閥が存在し、現在二つの勢力があるんです。それが魔女の存在を秘匿する思想を持つ現国王の穏健派。そして、魔女の存在を公にし、軍事利用を考える王弟の過激派です」
あまりに物騒な話にルークは頬をひきつらせた。
「魔女は言霊を使い、魔法を扱います。そのヴェールは魔女にとって言霊の塊のようなものなんです。過激派は、そのデザイン技術を魔法の代わりに取り入れようとしているのです。そうすれば、魔女の力を持たない平民も魔法に似た力を扱えますから」
(ずいぶんとまた突拍子もない計画だ……)
もし、魔女の力を誰もが使えるようになれば、便利だろう。しかし、軍事利用となれば話は別だ。トゥールとの関係がさらに悪化することが目に見えている。
「これ以上、魔女の存在を公にするわけにはいきません。ましてや戦争の道具なんてとんでもない! 我々の魔法は国の運営を穏便に運ぶために存在するのです。ちょっと恋のお手伝いしたり、天気予報をしたり、神がかった演出を施して国民に話題を提供するパフォーマンス集団! それが魔女の在り方なのです!」
彼女はそう言うと、再び祈るようにルークを見上げた。
「リリーベル伯爵令息だけが頼りなんです! 過激派よりも先にヴェールのデザイナーを見つけて、保護して欲しいんです。お願いします!」




