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第28話 思わぬ再会

 

 トトを送り届けた後、ルークは早速宮廷に国王への謁見の打診する。


 謁見の日取りは一週間後。意外にもすんなりと通り、ルークはホッとしていたが、その当日にルークは宮廷の地下に案内されることになる。


 なんでも謁見前に会って欲しい人物がいるらしい。



(独房に閉じ込めるような人が私と面会を希望するなんて……一体どんな相手だ?)



 そこはあまり表沙汰にできない容疑者を一時的に閉じ込め、尋問する場所。留置所とはまた違う為、容疑者への対応は様々だが、面会を希望し許可が下りるような相手だ。それなりに重要人物なのだろう。


 しかし、ルークには面会を希望されるような相手など思い浮かばない。そもそも、罪を問われるような知人はいないはず。


 ルークを案内するのは、国王直属の従者だ。彼にどんな相手か、一体何を理由に面会を望んでいるのかを訊ねても「会えば分かります」としか返してこなかった。



「こちらの部屋です。話が終わったら、こちらを鳴らしてください」



 そう言って渡してきたのは小さなベルだ。



「面会時間は?」

「特に決められてません」

「え?」



 本来、内通者との接触や脱獄を危惧し、面会は時間が定められている。特にこんな所に閉じ込めているならなおさら。地獄耳の雫や透視の雫を持つ者が隣の部屋で控えているだろうが、ルークは何か裏があるのではと訝しむ。


 そんなルークの感情を察したのだろう。



「我が王の望みです」

「……分かりました」



 王の意志となれば、ルークは素直に頷く。


 ルークは王家の目と耳である。なるべく王の望むことを思慮しながら、多くの情報を得られるようにしよう。


 目の前にある分厚い扉が音を立てて開き、ルークは足を踏み入れた。


 そこには格子を隔てて小柄な少女が鎮座している。


 白髪に近い金髪は短く波打っており、顔から肩までを覆い隠すように大きく広がっている。髪の隙間から見える真っ白な鼻筋にはそばかすが散らされ、ひび割れた小さな唇でしきりに何かを呟いていた。


 机の上で祈るように強く握られた両手は血の気が引いて青白い。その姿はまるで何かに怯えているようで、相手はルークの入室に気付いていないようだった。



「こ、こんにちは」



 ルークがそう声をかけると相手は弾かれたように顔を上げる。


 長い前髪の下から覗く青い瞳は、大きくぎょろっとして、髪と同じ色のまつ毛は人形のように長い。一見不気味にも見えるが、それは彼女が痩せこけているからだろう。年はルークとさほど変わらないように見える。


 彼女はただでさえ大きな瞳をさらに見開て、ルークを凝視する。



「リリーベル伯爵令息……ほ、本当に、本当に、本物のルーク・リリーベル伯爵令息?」

「え……はい。今は父の跡を継ぎ、リリーベル伯と名乗っています。もしかして、貴方は……面布を作ってくださったトゥールの魔女さんですか?」



 髪のせいで顔が見えずよく分からなかったが、ルークは彼女に見覚えがあった。


 彼女はトゥール王女、クレアに魔法薬を渡した張本人であり、面布にルークの表情が分かるよう魔法を施した魔女だ。



(たしか、王妃の侍女に魔女が紛れ込んでいたって聞いたけど、彼女のことだったのか)



 意外な人物との再開にルークは驚いていると、彼女は堰を切るように涙を流した。



「リリーベル伯爵令息だっ! 今度こそ……! 今度こそ本物の、リリーベル伯爵令息だぁああああああああ! 会いたかったぁあああああああああっ!」



 声を上げて泣き始めた彼女に、ルークは困惑しながらも彼女の前に座った。



「お、落ち着いてください。なぜトゥールにいるはずの貴方が、イェルマ国内にいるのですか? それによく検問を突破できましたね」



 涙と鼻水で顔がひどいことになった彼女にハンカチを差し出したかったが、格子越しではそれは叶わない。少し歯がゆい気持ちになりながら訊ねれば、彼女は手の甲で涙を拭いながら頷く。



「じ、実は陛下の命令でリリーベル伯爵令息と接触するよう命じられたのです。魔法があれば、相手の認識を少しだけいじることが可能なので、陛下の妹君の侍女に紛れるまでは順調でした……ですが」



 彼女の様子がおかしい。透視や地獄耳の雫持ちを警戒しているのか、しきりに周囲を気にしている。それにしても彼女の目に浮かぶ怯えが尋常ではなかった。



「陛下の妹君からあなたの所在を探ろうとしていた時のことです。突然、どこからともなく視線を感じるようになりました」

「視線ですか?」

「はい。私は相手が王の影だろうと、人の気配には敏感です。魔法の気配があれば、元を辿ることもできます。しかし、人の気配もないのに視線を感じ、遠見の魔法かと警戒しても相手の所在も掴めませんでした。そして、アイツが現れたんです」

「アイツ?」



 ルークが首を傾げると、魔女は顔を真っ青にして答えた。



「ブードゥー人形です。とある貴族から献上されたものだと伺いました」

(ガイアのあれか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~)



 言われてみれば、ガイアが作った人形のおかげで魔女が炙り出せたという話だった。



「まるで私の心臓を狙うような視線。そしてあの並々ならぬ殺意。魔女を滅殺するつもりで作ったものに違いがありません」



 あながち間違ってはいない。あれは魔女対策の一環としてガイアが作ったものなのだから。



「結局、この独房に囚われてしまいましたが、むしろ貴方を呼ぶ好機だと思いました。私はリリーベル伯爵令息を指名し、貴方になら全てを話すと言ったのですが、得体の知れない魔女が相手だったからか、なかなか呼んでくれませんでした。幸い、独房では尋問だけで済んでいたのですが、そのうち私を監視する謎の視線が増えたんです。さらには聞こえてくる足音の数が明らかに違っていたり、幻聴まで聞こえるように……」



 きっとガイアが作った人形の数が増えたことが原因で、彼女をここまで追い詰めたのだろう。まるで幽霊にでも会ったかのような顔で彼女は語っていた。



「おまけに尋問官の近くに得体の知れない気配がちらつくようになり、恐怖に耐えられなくなった私はリリーベル伯爵令息を呼ぶように必死に訴えました」



 こうしてルークがこの独房に呼ばれた理由が分かったが、彼女の焦燥っぷりを見るに面会までだいぶ長い時間待たされたのではないだろうか。



「しかし、私の前に現れたのは謎の気配を携えたリリーベル伯爵令息の偽物ばかりでした。おそらく変身術や姿眩ましが得意な者だったのでしょう。曲がりなりにも魔女の名を背負っている私は、貴方にかかった魔法の有無で判別できます。もうこうなったら自力で貴方を探そうと遠見の魔法を使ったら、不気味な人形の顔しか浮かばなくて……! なんなんですか、この国! 前までこんな国じゃなかったでしょう⁉」



 どうやら我が家のプライバシー保護は、魔女にも有効だったらしい。おまけに魔女が取り乱すほどガイアの雫は魔女に効力を発揮していたようである。


 相手が魔女とはいえ、髪を振り乱し涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を見ていると、さすがのルークも同情したくなる。



「大変だったのですね」

「はい……本当につらくて苦しい毎日でした。しかし、そんな発狂寸前の私の前に現れたのが、リリーベル伯爵令息、貴方です! 妙な気配はありますが、今までと比べるとまだマシです! やはり貴方は私の救世主だったのですね! 貴方の為ならトゥールもこの命を差し出してもかまいません! 一生ついて行きます!」



 再び彼女が涙を流しながらルークに祈りを捧げだした。


 この顔になって出会い頭に号泣されたり、熱狂的に喜ばれたりしたのは初めてのことかもしれない。しかし、状況が状況なだけに、素直に喜べないのが複雑だ。



「そ、それで……私に何の用事だったんです?」

「……じ、実は、トゥール国内で次期国王の座を巡って論争が起きているんです」



 トゥールの魔女は振り乱した髪をそのままにしてポツポツと国の状況を語り出した。



「争っているのは、クレア王女のお兄様と王弟殿下のご子息です。しかし、クレア王女の一件でイェルマとの間に亀裂が生じたことを理由に、王弟殿下は現国王の血筋を退け、自身の子を次期国王に据えようとしているんです」



 確か、現トゥール国王には王子が一人、王女が三人いる。三親等内に男児がいない場合を除いて女性の即位は認めらないため、現状、王位に近い位置にいるのは現国王の息子と、王弟本人とその子である。



「おまけに王弟殿下はイェルマの雫の力に目をつけています。陛下はこの事態をリリーベル伯爵令息に伝え、協力を仰ぎ、国交回復の足掛かりするように私に命じました」

「なぜ私に? もっと適切な人がいたでしょ?」

「リリーベル伯爵令息は王家からの信頼も厚いし、クレア王女の騒動の中心人物です。国交回復の仲介役としてちょうどいいと。それに陛下はクレア王女のことで、とても心を痛めていたので貴方の現状を確認したかったのもあります。それに個人的にもリリーベル伯爵令息にお会いしたいと思っていました」



 魔女はそう言うと、まるで神を崇めるような目をルークに向ける。



「火炙りにされるはずだった私が、こうして生き長らえたのも、リリーベル伯爵令息が面布の作り手が必要だと助命を願ってくれたおかげです。それに少しでもリリーベル伯爵令息にかかった言霊を取り除くお手伝いをしたいとも思っています」



 時機を見誤っていなければ、歓迎していただろう。トゥール国王が命じたことは裏目に出てしまっている。国交回復どころか結局、王妃もクラウドも立場が危うくなっているのだ。


 頭が痛くなる状況にルークは言いたい言葉をぐっと堪えた。



「魔女さん、まず話を整理させてください」



 国王直属の従者は今回の面会について詳しいことを説明しなかったのは、魔女の魔法を警戒していたからだろう。


 彼女の話を聞く限りでは、雫に似た力をいくつも宿しているようなものだ。



「まず、貴方がこの国に来た原因は、トゥールのお家騒動ですね」

「はい」

「我が国の警戒具合を見れば、国交回復は難しいと分かるはずです。それを押してまで協力を仰ぐ理由が今回のお家騒動にあったとしても、我が国にそれほど影響があるとは思えません。それに我が国の雫の力に目をつけたトゥール王弟は、一体何をしようとしているのですか?」



 何かを隠しているのか、彼女がぐっと押し黙ったのが分かった。


 自分の青白い手の甲を見つめ、口を閉ざす彼女にルークはそっとため息を漏らす。



「ここでだんまりだなんて……私の為ならトゥールも命も差し出せると言ったのは、嘘だったと?」

「いえ! 嘘ではございません! ただ、何から説明するか悩んでいたんです」



 彼女は思考を巡らせるように目を彷徨わせると、躊躇いがちに口を開く。



「その……リリーベル伯爵令息は『恋するヴェール』はご存知ですか?」



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