第24話 2回目のデート
森林公園で行われる市は、入場料はかからない。その代わり、並ぶ商品は割高なところがある。しかし、様々な地域から人が集まるため、商品は変わったものが多い。
服飾雑貨に興味があるトトは、異国の文化を見てみたいという気持ちがあったようだ。
森林公園に到着し、所狭しと並んだ露店を見たトトは目を輝かせた。
「ルーク様! 見てください! 露店のあの色合いやあのデザインとか、見たことがありません! 独特で素敵です!」
「トト」
興奮気味にルークの腕を引くトトをそっと宥める。
「落ち着いてください。それと、ここでは敬称は無しで呼んでください」
一応、裕福層の平民という体で訪れているため、名前で呼び合うことにした。
以前、アーロイ達と訪れた時と同じようにしただけであったが、女性を呼び捨てにするというのは、気恥ずかしいものがある。
「は、はい……ルーク」
彼女は慣れないながらも呼んでくれた。
それに少し嬉しく思いながら、彼女に手を差し出した。
「では、行きましょうか?」
「はい!」
建ち並ぶ露店は、イェルマ王国では見ない意匠や色使いを施した雑貨や衣装が並んでおり、店員も独特な民族衣装をしている。
「おお、兄ちゃん! 変わったフェイスヴェールしてるね!」
ルークに声をかけて来たのは、アクセサリーや小物を売っている店主だった。並べられている品を見るに、西の地方だろう。
「実は高貴な身分だったりとか?」
口では茶化しながらも、人を探る目つきをしている。自分にとって上客かどうか品定めされている感じだろう。
ルークはちょっとからかってやろうかと思い、ひらりと面布の端を掴む。
「あはははははっ。まさか。この下には大きな傷と火傷痕があるんです。幼い頃に事故に遭いまして、あまりにも見苦しいので厚めのものを使ってるんです」
事前に用意していた設定を堂々と嘯くと、店主は一瞬顔をひきつらせた。大概の人はこれで話を退いてくれる。さすがに商売相手に古傷を見せろという猛者はいないだろう。
「そうか。そうか。大変だな。今日は彼女とデートかい?」
「かっかの⁉」
トトが顔を真っ赤にして驚く様子を見て、店主はにやついていた。
これはご機嫌取りして買わせるパターンだなと想像がついたルークは、思考を巡らせる。
「ちょっと、からかうのはやめてくださいよ。これで彼女がデート中、ずっと口をきいてくれなくなったら、恨みますからね~」
表情が見えない分、じとっと低い声を出せば、店主はおどけて腕を擦った。
「お~、怖い怖い! 馬には蹴られたくないねぇ。もし気に入ったものがあれば、一つお安くしておくよ?」
店主が「どう?」とトトに視線を送る。
トトが困ったようにルークに目を向けてきたので、ルークは「気に入ったのはありますか?」と聞いてみた。
「え、えーっと。では、これを」
彼女が指さしたのは小さな琥珀のブレスレッドだ。チェーンではなく、麻糸のような糸に編み込まれている。腕に結ぶのではなく、留め具で調節するものだった。
「では、こちらを包んでください」
「まいど!」
チップ込みで支払うと、店主はにんまり顔で手を振った。
トトの手を引きながら、次の店へ足を向けると、彼女が上目遣いでルークを見上げていた。
「あ、あのう……る、るーるるるー」
何やら鳴き声のような声を出すトト。よほどルークを呼び捨てするのに抵抗があるらしい。しかし、その姿が可愛らしくてルークは思わず笑ってしまう。
「呼びづらいなら、いっそうルーと呼んでもいいですよ?」
「るっ⁉」
さらにルークの呼び名が縮まった。これはこれで面白いとルークは声を抑えて笑った。
自分が笑っているのが気に障ったのか、トトは不機嫌そうに口元を歪める。
「もしかして、からかってます?」
「いえ、そんなつもりはありません。ただ、可愛いなぁと……あ」
ぽろっと本音を口にし、気づいた時には遅かった。
トトの頬がみるみると赤くなっていき、何を考えているのか、目が泳いでいる。
そこまで照れられてしまうと、ルークまでもが恥ずかしくなってしまう。
「えーっと、次のお店に行きましょうか?」
ルークが頬を掻いて言い、トトは大きく頷いた。
なるべく人ごみからトトを守るように歩いていると、トトがぼそりと呟く。
「さっきも思ったのですが、る、ルーは、少し手慣れていませんか?」
「え? まあ、過去に二回来ていますしね」
「ではなく……そのお店の人とのやり取りとか、呼び方とか」
「あ~……それはあの二人のせいです」
人生初の市ではガイアも引き連れ四人で行き、その時は四人兄弟という設定で練り歩いたのだ。その時の呼び名は「クー」「ロイ」「ルー」「イア」である。特にガイアは女装していたので、女の子のような名前で呼んでいた。
そして二回目は、なんとアーロイがトトの姉、シャルロットを連れてきたのである。
ルーク、ガイア、クラウドは、わざとはぐれたフリをして二人にデートを楽しんでもらった。あとからアーロイをからかってやろうと、クラウドが野次馬したり、ガイアをクラウドの彼女と間違えられたりと色々大変だったのを覚えている。
「あの二人が『お兄ちゃんと呼べ』って強要してきたり、ガイアが彼女と間違えられて、おまけに変なものを買わされそうになったり、色々ありまして」
「な、なるほど」
「今ではいい思い出ですけどね」
「そこのフェイスヴェールを被ったお兄さん、こっち寄っていかない?」
「可愛いお嬢さん連れたお兄さん、こっちはどう?」
面布が目立つせいか、それとも顔を隠しているので高貴な身分(金づる)だと思われているのか、すぐに声をかけられる。貴族社会とは違い、客商売だからか、ルークの不審さを気取らせないようにしていた。
何件か露店を回っているうちにトトが「あっ」と声を上げ、とある露店に駆け込む。
トトが見つけたのは、アミュレットやチャームと言ったお守りを並べている店だった。
この国で良く見る意匠やデザインから近隣の地方からきた商人なのだろう。
「どうしたんですか、トト」
「る、ルー。とても可愛いです」
うさぎの足を模したキーホルダーや、鳥や十字架の意匠を施した腕輪など、他の露店と比べて煌びやかな品が多く感じた。ほとんどが金属製でとてもじゃないが安価なものには見えない。
「お、いらっしゃ……いっ⁉」
店主がトトとルークを見るなり、大きく目を見開いた。
明らかに様子のおかしい店主に、ルークが首を傾げると、固まっていた店主がようやく口を開く。
「お、お嬢さんとお兄さん、何かとてつもない呪いとかにかかってないか?」
「呪い?」
弟の雫の力を呪いというのであれば、答えは「ノー」である。しかし、ルークの顔のことを指しているなら合っているが、トトには当てはまらない。
それとも霊感商法だろうか。
「残念ながら、私の顔の下のことを言っているなら違いますよ。これは古傷と火傷痕ですので」
「お守りの人形なら、こちらがありますけど?」
トトがショルダーにつけたブードゥー人形を見せると、店主は明らかに顔色を悪くさせた。
「そ、そうかい。それは失礼した! きょ、今日はもう店じまいなんだ! 残念だが帰ってくれ」
「え、あっ! ちょっと待ってください!」
そさくさと片づけを始めようとする店主を止め、トトはさっと商品を見つめる。彼女の瞳が一瞬だけ輝き、一つの商品を指さす。
「こ、これください!」
それは小さな鳥籠のストラップだ。
店主は少しぎょっとした後、そのストラップを包んで「店じまいだからお代はいらないよ」と手渡してきた。
さすがにそれは悪いだろうと、ルークが硬貨を差し出すと「ひいっ!」と悲鳴を上げた。
「お、お気持ちだけでけっこうです!」
怯えた店主の声を聞いて、周りにいる客から訝し気な目で見られ始め、ルークは「どうも」とトトを連れてさっさと退散する。
「さっきの店主さん。どうしたんですかね?」
「さあ? 私にもさっぱり……でも残念でしたね。ゆっくり見られなくて」
トトが急に離れたのは驚いたが、早々に店じまいをし始めた店主にも面食らった。
しかし、彼女は一応目当てものを買えたので、包みを大事そうに両手で持っていた。
「はい。でも、一応気になるものが手に入ったので……」
「一目惚れですか?」
「はい! なんとなくピンと来て欲しくなってしまいました」
包みから出した鳥籠のストラップは立体的で中に小さな石が入っている。どうやら精巧な作りになっていて扉の部分が開く仕掛けになっていた。
(これは売れ残りだからってタダで売るものではないだろう……)
強引にでも硬貨を置いていくべきだったかと思ったが、過ぎてしまったことは仕方がない。
ストラップを見つめながら「可愛い」「綺麗」と呟く彼女にルークはふっと笑みを零し、再び彼女の手を取った。
「そろそろ休憩しませんか?」
「はい!」
この市には飲食できる場所が決められており、軽食が売られている。トトはこういった場で食事をするのは初めてのようで、目を輝かせていた。
「どれも美味しそう! どうしましょう! 目移りしちゃいます!」
「私としては、ラップサラダとか食べやすくてオススメですよ。ワッフルやクレープの甘いものの他に……串焼きとか」
「では、おすすめのラップサラダがいいです」
「じゃあ、買ってきますので、待っててくださいね」
ルークは池が見えるベンチにトトを残し、軽食が売られているワゴンへ足を向けた。




