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第19話 親子喧嘩

 

 時を遡ること前日の夜のこと。


 トトはルークからの『お会いできる楽しみにしています』という旨の手紙をもらい、お茶会の日を楽しみに手紙の返事を書こうとしていた。



「……あら?」



 いつもの引き出しを開けた時、トトは首を傾げる。普段、その引き出しにはペンとインクの他に、便箋とルークからもらった手紙を入れていた。しかし、ルークの手紙だけが、一つ残らず消えていたのだ。



「うそ……なんで⁉」



 いつも一つ一つ見返しては同じところにしまっていたはずだ。トトは次々と引き出しを開けていくが、手紙はどこにも見当たらない。



「なんでないの⁉」



 引き出しをひっくり返す勢いで探して、机から顔を上げた時だった。



「探しているのはこれかしら?」

「……お母様」



 部屋の前に手紙の束を持った母が立っていた。普段優しい母とは違い、その表情はとても険しいものだった。



「トト。リリーベル伯とのお付き合いはよしなさいと言ったでしょう? どうしてお母様の言うことがきけないの?」



 またこれだ。ルークとお見合いをしてからというもの、母はなぜかルークを毛嫌いしている。そもそも、我が家でルークとの付き合いを反対しているのは母だけだ。



「お母様。ルーク様はアーロイ義兄様と懇意の仲です。シャルロット姉様の旦那様であるアーロイ様だけでなく、マイルズ家にも失礼な物言いではないでしょうか?」



 口下手なトトの為にグレンが考えてくれた反論を口にする。


 母も少し思うところがあるのか表情を曇らせた。



「それにお母様はルーク様の何が気に食わないのですか? 隣国の王女との噂は事実無根だとお父様やシルベスターも言っていたでしょう?」

「じゃあ、あの顔はどう説明するのですか?」



 それを聞かれると困ってしまう。彼の顔の原因は国家機密である。誠実な彼が説明できないところを見るに、よほどの理由があるのだろう。



「話せないということは後ろ暗いことがあるのでは?」

「それは……守秘義務が課さられているからです。お父様やシルベスターも同じように言います。第一、お母様は噂を鵜呑みし過ぎでじゃないですか? ルーク様は社交界の陽だまりと呼ばれていた人なんですよ?」

「人は見かけによらないのよ!」

「それこそルーク様は見かけや噂ほど変な人ではありません!」



 これでは埒が明かない。さっさとグレンかシルベスターに助けを求めなければ。


 しかし、それよりも先に大事なことがある。



「お母様、その手紙を返してください。それは大事なものなんです」



 手紙の束を握る母の手を睨みつけながら、トトは自分の手を出した。



「リリーベル伯とのお付き合いをやめると約束してくれるなら返してあげる」

「またそれ……? もういい加減にしてください! 最近のお母様は変ですよ! ルーク様のこと何も知らないのに口を出してこないで!」



 思わずカッとなって叫ぶと、母は目の色を変え、眉を吊り上げた。


 そして無言で部屋の暖炉へ近づき、暖炉の中へ手紙の束を放り投げた。



「ああっ!」



 みるみると手紙が炎に包まれていき、あっけなく灰に変わっていく。数少ない自分が大事にしていたものが、暖炉の中で姿形を消した。


 先に感じたのは怒りだろうか、それでも悲しみだろうか。トトには分からない。しかし、気づけば自分の目から涙が零れ落ち、勝手に口が動いていた。



「お母様なんて大っ嫌い!」



 誰も聞いたことがないトトの怒鳴り声に、グレンとシルベスターが慌てて駆けつけ、泣きながら暴言とは程遠い悪口を口にするトトと、初めてトトの怒りを目の当たりにして呆然とする母が回収されたのだった。


 ◇


 おおよその事情を聞かされたルークは、静かに頭を抱えた。



(もしかして、これ。私のせいかな?)



 言霊の力のせいで嫌われていることは知っていたが、まさかこんなことになるとは。彼女の母親に嫌われていると知った時点で何か対策をするべきだった。


 しかし、彼女の家出の経緯にまだ情報が足りないルークは、ひとまず後悔は先送りにし、現状把握に努めることにした。



「家出の理由は分かりました。しかし、なぜ今になって家出を? 話に聞く限りだと昨夜の話ですよね?」



 その場で家出を決行するならまだしも、すでに半日以上が経過している。それなのにトトはまだ泣いていて、ずっと目にハンカチを当てている状態だ。



「それはオレから説明しよう」



 グレンがそう言うと、どんと胸を叩いた。



「実はその後、両親が話し合いをしてな。その間、オレ達がトトを慰めていたら、話がついた父が来たんだ」



 ラピスティア侯爵は神妙な顔をしてポケットから手紙を取り出したらしい。



『今朝、シャルロットから手紙がこんな手紙が来ていた』



 長女シャルロットが何か予見していたらしく、マイルズ家から手紙を送っていたようだ。



「それがこの手紙だ」



 差し出された手紙は二通。その一枚にはこう書かれていた。



『何かあったら、リリーベル伯を訊ねてね。彼の家なら何も心配はいらないわ。夜分遅くに訪ねるのは失礼だし、何かと危ないので翌日にすること。夫は必要ないと言うけれど、ちゃんと事前連絡をすること。それから夫に話はつけておいたので、これをリリーベル伯に渡してね』


 そのもう一方がアーロイの手紙なのだろう。ルークは恐る恐る手紙を開いた。



『ルークへ

 妻の願いだ。泊めろ。

 アーロイ・マイルズより』


(アーロイ様⁉)



 拒むつもりはさらさらなかったが、有無を言わせないその文面に、ルークはきゅっと唇を結んだ。


 きっと彼のことだ。未来視の魔眼を持つ妻がリリーベル家での宿泊許可が欲しいと言えば、きっと意味があるのだろうと二つ返事でペンを取ったに違いない。未来視のことがなくても、アーロイは彼女に弱いのだ。



「事情は分かりました……部屋は空いていますので、早急に宿泊の準備を進めます」



 リリーベル伯爵家では過去にクラウドが突発的に遊びに来たり宿泊したりすることがあったので、突然の来客や宿泊には慣れている。今回は侍従や護衛がいない分、準備は楽だろう。



「ただ女性の宿泊は初めてなので、何かと不足はあるかと……」

「ルーク坊ちゃん」



 ダリルがぽんと肩を叩く。



「不測の事態に備えて、ガイア坊ちゃんが使用人に向けて女性対応のお泊りマニュアルを作成しております」

「ガイア、いつのまにそんなものを……」

「ガイア坊ちゃんのおかげでお化粧品も充実しているので衣装以外は問題ないかと」

(うちの弟、優秀だな~……)



 両親が隠居してから屋敷のことを任せていたが、想像以上に女主人の代わりをこなしていた。



「衣服の準備は大丈夫だ。こちらで用意している」

「じゃあ、心配はなさそうですね。一応、ラピスティア侯爵に宿泊の旨はお伝えしているんですよね?」

「もちろんです」



 シルベスターが元気よく頷き、トトの方を見つめる。


 応接室に来てからというもの、彼女は一言も発していない。


 目にハンカチを当てて、俯いていた。



「トト嬢?」



 ルークがそう声をかけると、トトは肩を小さく震わせ、ゆっくりと顔を上げる。


 泣いて腫れあがった目は少し痛々しく、必死に涙をこらえているようだった。



「ルーク様……私っ……ご迷惑をおかけ、してっ」



 つっかえながら謝るトトにルークは小さく首を振った。



「いえ、気にしないでください。むしろ、私のせいで夫人と喧嘩してしまったようですし」

「ルーク様はっ、悪く、ありません……でも、なぜかお母様は交流をやめるよう言うんです。それに私……ルーク様からいただいた手紙……時々読み返すくらい大事にしてたんです。それを分かってて燃やしたのが……もう許せなくて、私……私っ!」



 再び涙をこぼすトトに、なんて声をかけていいのか迷ってしまう。自分の手紙を大事にしてくれていたことに喜ぶべきか、それとも彼女の母親に怒りを覚え、トトに同情するか。


 しかし、どちらも違うような気がして、ルークは自分のハンカチでそっと彼女の涙を拭った。



「その……たくさん書きます」

「え?」

「手紙。たとえ、夫人に差し押さえられても、たくさん書きます。夫人が手紙を捨てるのが億劫になるくらい、たくさん」



 ルークも彼女との交流を断ちたくない。それだけはしっかり伝えたかった。



「なので……トト嬢もお返事くれますか?」



 トトは濡れた瞳を大きく見開いて、ルークを見つめる。その瞳はうっすらと銀色の燐光を放った。



(あ……また……)



 燐光はすぐに掻き消え、ぽろぽろと零れる涙にルークはハッとする。



「か、書きますっ! 私も、たくさん!」



 拭ったそばから涙がこぼれ、ルークはあわあわしながら涙を拭う。



「なあ、シルベスター。オレ達、お邪魔だったのでは?」

「ダメですよ、グレン兄様。さすがにトト姉様だけを泊まらせるわけにはいかないんですから」



 そんな二人の会話は当の本人達には届いていないのだった。



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