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第18話 訪問

 

「ルーク様から、お茶のお誘い!」


 返ってきた手紙を読んで、トトはわっと気持ちが華やいだ。


 彼とは過去に二度お茶をしているが、こんなに嬉しい気持ちになったのは初めてだ。


 なぜなら、一度目は兄弟達の提案。二度目は趣味の延長線上の付き合いだったので、それほど相手を意識していなかった。


 たとえ、今度のお茶がまた手芸をしながらでも、友達の少ないトトにとって大事な交流だ。


(どうしよう。クッキーでも持って行こうかしら。ルーク様は甘いものがお好きだと言っていたし、マドレーヌなんかも……いえ、それよりも返信しなくちゃ!)


 トトが慌ただしく引き出しに手をかけた時、部屋のドアをノックされる。


「お嬢様、奥様からお茶のお誘いです」

「え⁉」


 思わず、声を上げた。

 最近トトは食事と外出以外で母と会話をしていない。ルークと会うだけでなく、手紙のやり取りすら反対するので、トト自身も顔を合わせづらいのだ。


「……い、今行くわ!」


 トトは引き出しの中に手紙をしまい、母がいる談話室へ向かう。


 母とのお茶会では、トトはもっぱら聞き手に回る。派手さはないものの母は社交的でよくお茶会に招かれているため、トトにその時のことを聞かせるのだ。


 いつもは趣味のレースや刺繍を片手に話を聞いていたが、最近ではそんな気が起きなかった。


 今日もいつも通り、母の話を聞いていると唐突に彼女はこう口にした。


「ねぇ、トト。実は旦那様から実家に帰省しないかって言われているの」

「……へ?」


 母にべた惚れの父がそんなことを言うなんて信じられず、トトは耳を疑う。


「まさか……離縁⁉」

「そう滅多なことを口にするのではありません」


 ぴしゃりと言われてしまい、トトは大人しく口を閉ざした。


「シャルロットも二番目の子が生まれたでしょ? この間、絵を描いてもらったから、それを見せるついでに帰省したらどうかって言われたのよ」

「な、なるほど……」

「それでね。一人で帰るのはつまらないし、トトも一緒に行かない?」

「えっ……その、私はいかないかな……?」


 せっかくルークからお茶のお誘いがあったばかりだ。それに母方の従兄弟はトトが苦手とする相手だった。


「それに最近、お茶会に誘われたんです」

「あら、あなたが? でも、出発はお茶会のあとでもいいのよ? グレンやシルベスターはお仕事で忙しいみたいだし。お母様、一人は寂しいな」


 情に訴えてくる母にトトの良心が揺さぶられる。


「で、でも行きません!」


 姉と一緒ならいざ知らず、母の実家で肩身の狭い思いをするより屋敷でのんびりしていた方がいい。


「お話は以上ですか? それでは失礼します!」


 トトは紅茶を飲み干すと逃げるように席を立った。


(お母様には申し訳ないけど、むしろ好都合な感じがする)


 母の目を盗んで手紙のやり取りをしないで済むし、外出する時も行先を訊ねられなくて済むのだ。

 気兼ねなくルークと交流ができる。


 トトは自室に戻るとさっそく返事を書き、それを兄に託しに向かった。


 ◇


 トトから色よい返事をもらったルークは、内心ほくほくとした気持ちで刺繍に向かっていた。


 彼女が屋敷に来るのは二日後。その時にガイアに渡すリボンを見てもらうのだ。いくつか名前の字体を変えており、出来のいいものを三つ用意した。


 なかなかの出来栄えではと自画自賛する一方で、物足りなさがあった。


「何か飾りがあった方がいいかな?」


 ガイアがこのリボンをつけた姿を想像するも、自分のセンスに自信がないルークは、何がいいのか分からない。


「ビーズだと子どもっぽいし……柄の刺繍をこれからするのもな……」

「坊ちゃん!」


 リボンを眺めながらそう呟いていると、ダリルが慌てた様子で部屋に入ってきた。


「わっ、どうしたの⁉」

「じ、実はラピスティア侯爵令嬢からこれが……」

「へ? え……ええええええええええええええっ⁉」


 ルークの声が屋敷内に響き渡る。


 ダリルから渡されたのは、「今日の午後にそちらに伺います」という旨だった。

 彼女から突然に来た訪問の連絡。これを驚かずしてどうする。


(彼女を会う約束をしたのは二日後のはず……)


 色んな考えがぐるぐると回るが、はっと我に返った。



「まあ、落ち着け私。まだ早い時間だ。準備をする時間はある。うん、大丈夫……だよね?」


 ダリルにちらりと視線を送れば、ダリルは大きく頷いた。


「今すぐもてなしの準備をします」

「じゃあ、いつもの応接室にお願い。あまり気取ったものは出さないでね。友達が少なくて身内に喜ばれているのがバレるから!」

「はいはい。分かっていますよ」


 軽い足取りで部屋を出て行くダリルを見送り、ルークは首を傾げる。


「でも、なんの用事だろう……?」


 すでに会う約束をしているのに会いに来るということは、大事な用事かもしれない。さすがにただ遊びに来るわけではないだろう。


(とりあえず、お茶とお菓子の準備は任せておいて、彼女を待つか)


 せっかく自分を訪ねてきてくれるのだ。ちゃんと出迎える準備をしておこう。

 ルークはそわそわした気持ちのまま時間を過ごし、トトの訪問を待った。

 そして、訪問を知らせるベルが鳴らされ、ダリルと共にエントランスへ向かう。


 いつもと装いは変わらず客人を出迎えると、そこには旅行鞄を持って俯くトト、彼女の肩を抱くグレン。そして彼女の手を握っているシルベスターの姿があった。


(………………?)


 まさかのラピスティア四兄弟のうち、三人がそろって現れるとは思わず、ルークの思考は停止した。


「ど、どうしたんですか……皆さんお揃いで」


 ルークがそう訊ねると、俯いていたトトが顔を上げる。


 愛らしい水色の瞳は真っ赤に腫れており、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


 彼女の泣き顔に虚を突かれたルークは、一瞬言葉を失った。


「……と、トト嬢⁉」

「ルーク様、私…………」


 トトは手の甲で涙を拭い、そして嗚咽交じりにこう口にする。


「私、家出してきましたぁっ……!」

「「その付き添いです」」


 トトに続いてグレン、シルベスターもそう言い、証拠と言わんばかりに旅行鞄を見せた。


(兄弟同伴の家出とは……?)


 ひとまず、ルークは事情を聞くために応接室へ案内するのだった。



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