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第17話 お守り

 

「ひどい目にあった……」



 軟禁されていた鬱憤でクラウドから容赦のないしごきを受け、ルークは文字通り身も心もボロボロだった。


 そんなルークを見て、クラウドは鼻で笑う。



「なんて言い草だ。この三週間で身体が(なま)っただけだろう?」

「元より殿下に勝てたことなんてないじゃないですか」



 クラウドとルークは同じ師の下で体術を教わっていたが、同じ練習量でも彼とは体格も違う上に熱意も違う。昔から惨敗しない程度に相手をするので精一杯だった。



「オレは自分の身を守るために強くなったんだ。そうやすやすお前に負けてたまるか」

「なら、少し手加減してくださいよ……」

「お前こそ、手加減しているのは知っているんだぞ? いつも人の蹴りと拳をいなしてばかり」

「あんなの直に受けたら骨が折れますよ……」



 そんな会話をしながら応接室へ戻ると、そこでは優雅にお茶をしてくつろぐアーロイとガイアの姿があった。



「あら、おかえり~」

「これはまた派手に手合わせしてきましたね」

「まあな。久々に熱が入った」



 クラウドと共にソファに腰を下ろし、水をもらう。


 激しい運動をしただけあり、面布が少し邪魔だ。面布(かおぎぬ)をパタパタと仰いでいるアーロイが少し鬱陶(うっとう)しそうに目を向ける。



「ルーク、みっともないぞ」

「す、すみません」

「もう面布を取ったら? どうせ、四人しかいないんだし」



 ガイアの言うことは最もだが、気の許せる仲とはいえ、どうしても視線が気になってしまう。



「いや、このままにする……ところで、ガイアは何作ってるの?」



 ガイアの手には白い糸でぐるぐる巻きにした人形が握られていた。


 中には骨組みとして針金が使われている。ビーズの目がつぶらで何とも愛らしい表情をしていた。


 ガイアの作る人形にしてはずいぶんとテイストが違うと思っていると、ガイアが「ああ、これ?」とひどく暗い目をして言った。



「ブードゥー人形」

「ガイア、悩みがあるなら聞くよ?」



 ブードゥー人形とは他国で精霊や悪魔が宿るとされ、呪術に用いられる人形だ。色によって使い方や効果が異なると聞くが、一体この人形たちに何が込められているのだろうか。


 よく見れば、彼の裁縫セットの脇にブードゥー人形の山ができていた。ちゃんと洋服や髪の毛をつけてあげているあたり、彼のきめ細かな性格が出ている。



「これを作るほど思い悩んでいるのに気づかないなんて……ごめんよ。お兄ちゃん、そんなに頼りない?」

「ルーク、落ち着け。前に話しただろう? それはオレ達が頼んで作ってもらってる魔除けだ」

「はい? これ、呪術に使うやつですよ?」



 かつて先王から送られた曰く付きの品の中に、針が大量に刺さったブードゥー人形があった。ルークはその時に人形の活用方法を知ったのである。


 実害はなかったとはいえ、危ない存在であることには変わりない。幼い頃にクラウドとアーロイにもその存在を話していたので二人が知らないはずがない。


 クラウドは「知ってるさ」と人形を睨みつける。



「その後、父上からも依頼が来てな。ガイアに作ってもらっていたんだ。コイツの雫の力は折り紙つきだからな。それで、コイツに形状を任せた結果がコレだよ」

「オレ達としては、もっと可愛らしいものが出てくると思っていたんだがね」

「何よ~、二人して。十分可愛いでしょーが」



 作りかけのブードゥー人形の頭を撫でながら、ガイアが唇を尖らせた。



「せっかく作るんだし、愛情込めて作った方が効果あるかもしれないでしょう? それにブードゥー人形は祈りや願いを込めるものだもの。そっちの方が効果ありそうじゃない」

「ほう? じゃあ、どんな願いを込めてるんだ? 聞かせてもらおうじゃないか?」

「決まってるじゃない。アニキにかかった魔女の言霊が少しでも緩和しますようにって」

「ガイア……」



 弟の優しさにルークが胸を打たれたのも束の間だった。



「そして、諸悪の根源であるあの女が少しでも不幸になりますようにって」

「ガイア……っ!」



 感動が一気に絶望に変わった。彼が作ったブードゥー人形では痛み分けでは済まない気がする。



「国際問題になりかねない邪念を詰め込むな、燃やすぞ!」

「だってぇーっ! アニキがこんな目に遭ってるのに、あの女は綺麗さっぱり忘れて悠々自適に暮らしてると思うと恨めしいんだもの! ちょっとアーロイ様! 暖炉に火を入れる準備しないで!」

「お前が人形を愛していることは良く知っているよ。燃え残った骨組みは一緒に供養しような?」

「いやぁああっ! アタシの可愛い子達がお焚き上げされちゃう! アニキ助けて!」



 ガイアが人形達を抱きかかえてルークに飛びつき、ルークはそっと頭を撫でてやる。



「ガイア、さすがに冗談だよ。でも、悪い感情を込めようとするのはやめようね?」



 そうガイアを宥めると、彼は不満げに手を動かし始めた。


 最近泊りが多かったが、まさか昼間は宮殿を歩かせて、夜は人形作らせていたのだろうか。ガイアの手際の良さを考えるに、相当な数になっていそうだが。



「殿下、一体いくつ作らせる予定なんですか?」

「少なくとも父上の周りに配れるだけ」

「それは結構な数で……」



 国王と王妃、護衛に大臣達、そして侍従や侍女達まで含めるとかなりの数だ。


 骨組みに糸を巻く作業だけでも根気がいるのに、ガイアはよく頑張っている。



「そういえば、お前の家は大丈夫なのか? ガイアが不在のせいで人間関係が悪化してたりとかは?」

「今のところは大丈夫です。うちの執事が目を光らせているので。それにガイアが作ったハンドメイドアクセサリーとか小物とかもありますし、あのブードゥー人形もいますしね」

「あのブードゥー人形、まだいんのかよ」



 真っ黒なブードゥー人形は、人形好きのガイアが「痛かったね。痛いの我慢して偉かったね。頑張ったね」と同情しながら針を抜き、ルークが「せっかくだから、身体を綺麗にしようね?」と洗濯した。若干汚れが落ちて灰色になった人形に向かって、二人が「可愛い!」「綺麗!」「素敵!」と褒めちぎった結果、翌朝人形は見違える白さになっていた。のちにブーと名付けられ、今でもその白さは健在である。


 過去に窓から侵入しようとした盗人がおり、骨が折れた状態で発見されたことがあった。その盗人は警邏に引き渡されるまでしきりに「人形がっ! 不気味な顔の人形が!」と怯えていたことがあったので、あのブードゥー人形は我が家を守っている節がある。



「まあ、送られてきた曰く付きの品のほとんどは劣化して壊れてしまいましたが、それ以外はまだまだ倉庫にありますよ? 殿下、引き取ってくれませんか?」

「すでに故人とはいえ、先の国王が下賜(かし)したものだぞ。責任もって管理しろ」



 遠回しに「そんなモンいらんわっ!」と言われてしまい、ルークは肩をすくませた。



「ところで、殿下達の周りでは何かあったりしませんでしたか?」



 そうルークが口にすれば、急に部屋の空気が冷たくなる。



(あれ? 何か触れちゃいけなかった?)

「殿下が婚約者様との逢引きができなくなったくらいじゃないですか? ねぇ、殿下?」

「ああ、おかげでプロポーズができなくて困っている……」



 クラウドは今年で十八歳になる。今年にプロポーズをして、来年結婚、そして再来年くらいに子どもができれば御の字と考えていた。


 既に二児の父であるアーロイは、一人くらいクラウドの子と年の近い子が欲しいと考えているので「はよ結婚しろ」と急かしていた。なんでもアーロイの妻は「三番目はしばらくいいかな」と言っているらしく、その「()()()()いいかな」が「()()三番目いいかな」に気が変わらないかアーロイは心配しているらしい。おまけに二番目が男の子だったのでアーロイの妻からすれば「嫁の責務は終えた」と思っているだろう。



「おのれぇ……クレアァ……っ! オレにまで飛び火させやがって!」



 静かに怒るクラウドを横目にアーロイがこっそり教えてくれる。



「王位継承権がひっくり返りそうで、あわや婚約者挿げ替えの危機だったんだよ」

「確か王位継承権第二位って……公爵家の放蕩(ほうとう)息子ですよね?」



 クラウドの婚約者は幼い頃から王妃教育を受けており、万が一クラウドの王位継承順位が下がれば、婚約者が挿げ替えられる可能性があった。


 王位継承権第二位はクラウドの従兄弟。公爵家の次男だ。クラウドの伯母の息子であり、伯母は三番目の子どもの出産と同時に亡くなられている。公爵家現当主は早世した父の跡を引き継いだ時に王位継承権を放棄しているため、必然と次男の順位が上がったのだった。


 おまけに長男が家の立て直しと末弟の世話で忙しく、次男を放置した結果、金にも女性にもだらしがない男に育ってしまったという。



「あのぼんくらには絶対にナタリアをやらんっ! 絶対にだ!」

「殿下も必死ですねぇ……」

「まあ、オレが言うにもなんだが、べた惚れだからねぇ……」

「やっぱりブードゥー人形に念を込めて正解だったのでは?」

「「それはやめなさい」」

「ちぇっ」



 ガイアは出来上がたブードゥー人形に洋服を着せ、テーブルの上に置いたのを見たルークは嘆息を漏らす。



「でも、王妃が嫁いでから魔女の動きはなかったんですよね? 王妃が連れて来た侍女とかトゥール国王にも確認したんでしょう?」

「あのねぇ、ルーク……泥棒が家主に『家のお金取りましたか?』って尋ねられて素直に頷くと思うかい?」



 アーロイの言うことは最もだ。



「でも、その疑念のせいで陰謀論(いんぼうろん)が渦巻いてるわけでしょう? 別に魔女が宮廷内にいたわけでもないし」



 そうルークが言うと、クラウドとアーロイが途端に口を閉ざした。その意味を察したルークが分からないわけがない。



「嘘でしょ……?」

「母上の部屋を出入りしていた新人の侍女が魔女だった。ガイアが作ったブードゥー人形にひどく恐れていてな。そこから発覚したんだ」

「王妃様には特大級のブードゥー人形をプレゼントしたの。『トゥールの魔女、許すまじ!』って思いを込めて」

「もしかして……しばらく帰ってこれなかったのって……」

「まさに宮廷内で魔女が見つかったからだ。良かったな、ルーク。ガイアのおかげでリリーベル伯爵家の地位は守られたぞ」



 魔女の言霊のせいでリリーベル伯爵家の評判はすこぶる悪い。いくら魔女を発見できたとはいえ、呪術で魔女を炙り出すなんて外聞が悪い。おまけにその結果、クラウドの首を絞めたようなものである。



「母上はその新人の素性をよく知らなかったようだ。王妃が身元を知らない者をそばに置くのは不自然だということで、軟禁。そしてオレにもその(あお)りが来たわけだが……」

「トゥールの魔女は何してたんですか?」

「まだ尋問(じんもん)中だ。最悪の場合、トゥール王国と国交を断つ可能性も考えられる。父上も一年足らずで二度目の抗議文を送ることになるとは思っていなかっただろうな。まあ、事実は今更変えられん。オレが魔女に踊らされてないと分かればいいんだからな」



 そう言って部屋の奥から取り出してきたのは、赤ん坊ほどの大きさがあるブードゥー人形である。アーロイも「オレの分もあるよ」と出してきた。


 ガイアに目を向ければ「どれも会心の出来よ」と親指を立てた。魔女も恐れるブードゥー人形を持っていれば、魔女からの脅威を避けられるのだろう。



「まあ、オレ達はそんなところだ。というわけで、またしばらくガイアを借りるぞ」

「ええーっ! またお泊りなの⁉」



 ガイアが悲鳴に近い声を上げてルークに抱き着くが、すぐさまクラウドに引きはがされた。



「歩く魔除けを有効活用しないでどうする? 今夜も見回り頼むぞ」

「ガイア。配ったブードゥー人形の効果が分かれば済むから、もう少しの辛抱だ」



 アーロイがそう宥めると、ガイアはしぶしぶ頷いた。



「アニキ……」

「一度、屋敷に戻って荷物だけ取ってこようか? ダリルにも今後の予定を言わないとね」



 またすぐに戻るとはいえ、屋敷に帰れると聞いてガイアの表情が少しだけ明るくなる。



「分かった」



 ひとまず、クラウドとアーロイに宿泊日数を確認して、一度屋敷に戻ることにした。


 馬車を発車させたあと、「そういえば……」とガイア思い出したかのように口を開く。



「この間、フラウおじさんに会ったのよ」



 また懐かしい名前を聞いて、ルークは面食らう。



「フラウおじさんって、離塔の回廊のお化けの正体だった、あのフラウおじさん?」



 宮廷にある離塔、かつては罪を犯した王族が閉じ込めるために用意された区画があり、幽霊が出ると噂があった。先王の差し金でルークとガイアはその正体を確かめに探検に行ったのだ。そこで出会った男がフラウである。クラウドの父専属の掃除屋と名乗り、仕事をサボりに曰く付きの離塔へ来ていたらしい。もう顔は覚えていないが、少なくとも綺麗好きには見えない面構(つらがま)えだった。



「そうそう、あのフラウおじさん。アタシが出仕し始めた頃に会ってね。そのあとしばらくしておじさんの子どもを紹介されてお友達になったのよ。ティルスとマクベスって言うの」

「フラウおじさんの子ども? 年頃の子がいるような歳には見えなかったけどな……」



 当時は年若い青年でルーク達が「おじさん」と呼ぶたびに「お兄さん」と訂正していた。そろそろ三十路になるくらいではないだろうか。



(それに、宮廷関係者にティルスとマクベスなんて名前の子いたっけ?)



 少なくとも王族の傍に仕える人の名前は頭に入っている。侍女や侍従は貴族の出が多いからだ。フラウは掃除担当と言っていたので、その子どもも下働きの者かもしれない。そうなると、ルークが名前を知らなくても無理はなかった。



「ティルスはランドリーメイドで、マクベスは庭師なの。二人とも二人ともお洒落さんとは言い難いんだけど、綺麗好きでアタシとも趣味が合うの! 今度紹介するわね!」

「分かった。楽しみにしてるね。あ、そうだ。アーロイ様とクラウド殿下にも宮廷内の交友関係の話をしておくんだよ? 派閥とかあるんだから」



 下働きの者とはいえ、どこの間者か分からない。どこぞの貴族が手先として送り込んだり、繋がりを求めてハニートラップを仕掛けてきたりする可能性もある。



「そのくらい分かってるわよ。ちゃんと殿下達にもお話したし、二人とも知り合いだったみたい。でも殿下が『よく友達になったな』って言ってたんだけど……殿下って選民思想なんてあったっけ?」

「いや、なかったと思うけど……?」



 そもそも、二人が下働きの人間と顔見知りなのが驚きである。フラウとの繋がりだろうか。



(まあ、弟に友達ができることはいいことだよね)



 出仕した当初、心身ともにボロボロの状態で帰って来たことを思えば、職場で友達ができたことは良いことである。兄としてぜひ挨拶したい。



「殿下達の許可が下りてるなら良いよ。今度屋敷に連れておいで」

「やった! 二人とも喜ぶわ!」



 屋敷について、宿泊の準備を済ませたガイアを見送るため、ルークはエントランスに待機した。



「アニキ」



 旅行鞄を持ったガイアがやってくると、ポケットから二体の白いブードゥー人形を取り出す。


 二体のうち一体は顔を布で隠しており、もう一体はドレスを着ている。



「これ、アニキとトト嬢の分」

「ありがとう、ガイア。きっとトト嬢も喜ぶよ」



 ドレスを着ている方は、トトを意識しているのか、赤い髪の毛があり、水色の目が愛らしかった。



「これを口実にトト嬢をお茶に誘いなよ」

「もう、ガイアったら。茶化さないでよ」



 笑いながら「ごめーん」と謝り、ガイアが馬車に乗り込んでいく。



「じゃあ、また一週間後ね!」

「うん、頑張っておいで。いってらっしゃい」



 ルークは発車する馬車を見送り、屋敷の中へ戻った。


 自室に戻ると、一通の手紙が机に置かれている。それはトトから送られたものだ。


 自分が出かけている間に手紙が届いたらしい。


 中身を読むと、どうやら姉に渡すプレゼントが完成して、今日メアリーに出来栄えを見せに行くようだ。最終的に髪飾りにしたらしい。



「私もガイアに渡すリボンを完成させないとな……」



 名前を入れるだけとはいえ、綺麗な文字に見せるのはだいぶ難しい。ようやく見せられる形になってきたのでそろそろ本番でもいいだろう。


 机に並んだ自分とトト嬢のブードゥー人形を見て、ルークは口元が緩んだのを感じた。


 そして、机から便箋を取り出すと返事を綴る。その最後の文には「よければ、またお茶をしませんか?」と付け加えた。


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