第15話 進捗報告
「ねぇ、ガイア。どうして私も宮廷へ行くのさ?」
トトとデートをした日から一週間が経った。今、ルークはガイアと共に宮廷へ向かっている。
一応ルークは休暇中なのだが、自分を連れて出仕するようクラウドとアーロイに言われたようだ。
「さあ? 久々にアニキの顔を見たくなったんじゃないの?」
「今は見たって分からないでしょ。適当な冗談はやめてよ」
「お二人がアニキに会いたがっているのは本当よ? 特にクラウド殿下は軟禁に近い状態だから暇なんでしょ?」
無期限の休暇をもらって三週間ほどが経ったとはいえ、顔が見たいとか暇だからという理由で呼び出せるほど、時間があるとは思えなかった。
それなら、休日にお茶の席に呼べばいいだけの話だ。
馬車が宮廷に到着し、クラウド達が待っているという応接室へ向かう。クラウド個人が使用するもので、幼い頃からこの部屋でよくお茶やゲームをしていた。
ガイアが簡単にノックし、ドアを開ける。
そこにはクラウドとアーロイが、ルーク達に背を向ける形で座っていた。
「ほら、アニキ。二人を呼んでよ」
ガイアがこっそり耳打ちをし、ルークは少し怪訝に思いながらも口を開く。
「クラウド殿下、アーロイ様。ルーク・リリーベル、参上いたしました」
その瞬間、背を向けていた二人が勢いよく振り返る。まるで幽霊を見たかのような驚愕した表情に、ルークは面食らってしまった。
「ど、どうしたんですか? お二人と……もぉっ⁉」
二人がずかずかとルークへ歩み寄ると、問答無用と言わんばかりに面布をめくり上げる。
しばらくルークの顔を見た後、クラウドとアーロイは顔を見合わせ、どこか残念そうにため息を漏らした。
「な、なんですか、二人とも急に……」
めくり上げられた面布を直しながら訊ねれば、クラウドは小さく肩を竦めた。
「久々にお前の声を聞いたような気がしてな。ついに顔が元に戻ったかと思ったんだ」
「そんな……三週間ぶりに会ったからって大袈裟な」
「大袈裟じゃないさ、ルーク。我々は本当にルークだと思ったんだから」
アーロイの言葉にルークは少し引っかかりを覚える。
「本当も何もルークですが?」
「我々からすれば、ルークの名を騙る別人なんだ。口調も仕草も思考も完全コピーしたね。おまけに目を離す度に印象が変われば、不気味なことこの上ないだろう?」
ルーク自身には分からない感覚だが、ガイアとクラウドが頷き合っているのを見るに、それだけ異様な状況なのだろう。恐るべし、言霊の力。
いつもの本人確認を済ませた後、皆がソファに座る。
「それで、ここ三週間のうちに何かあったかい? 心境の変化とか、周りの様子とか……あとトト嬢との交流の進捗状況も」
アーロイの業務報告を訊ねるような口調が、トトに関わる部分で低く重い声に変わる。
彼は手紙に炙り出しを施してまでトトとの交流を大事にしろと言ってきたのだ。よほど義妹を大切にしているのだろう。
「特に変わりはありません。最初の二週間は休暇をもらったショックと戸惑いで何をしたらいいのかも分からず、ぼーっとしてました」
空笑いをしながらルークは言うと、二人はやれやれと肩を落とす。
「それから、一週間前にトト嬢と買い物に行って、刺繍をしましたね」
「買い物と刺繍って……随分と変わったデートの仕方だな?」
「趣味を見つけようと思って、まずはトト嬢の趣味をやってみたんです。意外と楽しいですよ?」
「それじゃ、身体が鈍るだろ? お前、体術はどうした? ちゃんと訓練してるだろうな?」
「ちゃんとやってますよ」
最初の二週間は身に入らなかったが、刺繍を始めてから肩こり解消に真面目に取り組んでいる。最近ではリリーベル伯爵家の警備担当を巻き込んで楽しんでいた。
「トト嬢とはお手紙を続けていて、またお茶する機会を伺っているのですが……頻繁に誘うとご迷惑かなと思って、なかなか誘えないんですよね」
そうルークが言えば、クラウドとアーロイはどこか呆れ顔をし「お前らしい」と呟いていた。
「トト嬢に変わりはないかい? 妻が言うには雰囲気が前よりも明るくなったと言っていたが?」
どうやらトトは姉に会っていたらしい。仲のいい姉妹だ。
「うーん……以前のことは私も詳しくないので何とも言えませんが……」
ふと、ルークは屋敷で刺繍を教えてもらった時のことを思い出す。
「そういえば……トト嬢の目が光っていたような?」
「光る? アニキ、それは物のたとえじゃなくってこと?」
クラウドとアーロイだけでなく、ガイアも首を傾げていた。
「そう。私の面布に興味があったみたいで、それを見ている時に水色の瞳がうっすら光って見えたんだ」
今思い出してみても、あの瞳は不思議だった。水色を帯びた燐光は、綺麗というよりも、神秘的なものに見えた。
「面布? それはまたなぜ?」
「彼女、手芸の他にレースのデザインを描くのが趣味で、お姉さんに贈っている髪飾りや小物は姉をイメージしたデザインを取り入れているらしいです。面布を見ていたのも新しいデザインの着想を得るためかと」
アーロイは一度黙って考え込むと、どこか納得したように頷く。
「言われてみれば、妻がトト嬢からもらったプレゼントを見せてくれたな。あれは、妻をイメージしたものだったのか。道理で彼女にしっくりくるデザインだと思った」
「あれ? アーロイ様は知らなかったんですか? 結婚式で使用した奥様のヴェールもトト嬢がデザインしたものだったんでしょう?」
そうルークが口にした瞬間、アーロイだけでなく、クラウドもぎょっと目を剥いた。
(え? 何?)
いきなり二人が黙ってしまい、ルークは困惑する。ガイアに目を向ければ、ガイアも信じられないものを見たような顔でルークを見ていた。
(み、みんなどうしたの⁉)
居たたまれない空気の中、沈黙を破るようにアーロイが呟く。
「あの『恋するヴェール』か……」
「こ、『恋するヴェール』……?」
「妻が自分の花嫁衣裳のヴェールをそう呼ぶんだ。結婚準備で、これだけは絶対に譲らないとヴェールのデザインは特注にしてね。ドレスもヴェールに合わせて用意した」
アーロイは「もちろん、ヴェールのデザインは素晴らしかったよ」と困ったように笑う。
「ただ、結婚式で妻のヴェールに一目惚れした女性が後を絶たなくてね。同じものを用意したいと相談を受けても妻は全て断った。ならばせめてヴェールのデザイナーを紹介して欲しいと言っても絶対に口を割らなかったものなんだ。まさか……トト嬢だったとは」
「オレの婚約者も断られた」
「当時のお茶会でも話題の内容だったわよね。メアリーも知ってるわよ?」
まさかの事実にルークは絶句する。いくらルークが社交的じゃないとしても世間に疎過ぎた。
「でも……なんで断ったんですか? ましてや、殿下の婚約者相手に」
「妻曰く『これは私の心なので、誰にもあげません』だそうだ。デザイナーの正体については本人の意向らしい」
アーロイは「長年の謎がようやく解けた」とぼやくと小さく首を振った。
「話がそれたね。彼女の目が光って見えた以外に何かあったか?」
「いえ、彼女に関しては何も……ああ、でも屋敷でやたらと使用人達に振り向かれることが増えましたね」
いつからか、ルークがダリルと話しながら歩いていると、すれ違い様に使用人達が振り返るようになった。体術の訓練に付き合ってもらっている警備担当も時々、ルークを気にしているようである。
「もしかして……不信感が増しました?」
きゅっと面布の両端をつまむと、三人は顔を見合わせた。
「増したってほどではないが……」
「むしろ、薄まったんじゃないか、お前」
「でも、ちぐはぐ感があるわよね?」
「ちぐはぐ……?」
三人の反応にきょとんとしてしまうと、ガイアが低く唸りながら首をひねる。
「なんというか~……声だけアニキのそっくりさんみたいな?」
「「それだ!」」
「そっくりも何も、本人なんだけど?」
三人は一体何を言っているんだろうか。まるで今まで声も判別できていなかったかのような口ぶりだ。
「とにかく、トト嬢の目に変化があったのなら、このまま交流を続けるべきだろう。お前の顔だけでなく、我々の立場を守るためにもね」
「でも、なんか……利用しているみたいでやだなぁ……」
今までの交流の中で彼女の肩書や魔眼についてルークから触れたことはなかった。
周囲から『一族のはぐれ者』と呼ばれていた彼女が魔眼を持っていたことに戸惑いもあっただろう。それにお見合いの延長線とはいえ、この交流がルークの顔のため、そして魔女対策のために利用しているような罪悪感があった。彼女は自分の顔が認識でき、安心して過ごせる相手だ。できれば対等に、互いを尊重して交流したいと思っている。
ルークの呟きを聞いたクラウドが静かにルークの背後に回る。そして、自分の腕をルークの首に回した。
「オメェはまず自分の心配をしろっ! 社交界のゆるふわがっ!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ! 暴力反対!」
クラウドがルークを締め上げるその横で「社交界のゆるふわじゃなくて陽だまりよ、殿下」とガイアが落ち着いた様子で訂正していた。
「ここ最近、宮廷に閉じ込められて鬱屈していたんだ。久々に手合わせしろ、ルーク!」
「ひぃいいいいいいいいいいいっ!」
半ば引きずられる形でルークは訓練場まで連れて行かれるのであった。




