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第14話 進捗

 

 トト・ラピスティア。


 人はラピスティア侯爵家を魔眼一族と呼ぶ。


 そんな一族の中で、トトは星から雫を与えられなかった『一族のはぐれ者』として、親類や他家から笑われた。


 家族は皆、何の魔眼を持っているのか分からないだけだと、トトに言い聞かせたが、そんなのはトトにとって慰めにならなかった。


 そんなある日、ルーク・リリーベルと出会い、自分の目に雫が落とされていたことが発覚したのである。



「で、ルーク様との進展はどうなの⁉ デートしたんでしょ⁉」



 なんやかんやあってルークと友達となり、手紙のやり取りをし、先日一緒に買い物に出かけた。


 ルークを気に入っている弟、シルベスターから前のめりで問いただされ、トトはレースを編んでいた手を止めてしまう。



「デ、デートだなんて。買い物に出かけただけよ」

「男女が一緒に出掛けたら、それはデートだよ! どうだったの?」



 目をキラキラと輝かせるシルベスターは、どこか姉のシャルロットが惚気話を語る時に似ている。



「とても楽しかったわ。一緒にリボンを選んだり、刺繍をしたりして」

「それだけ~? トト姉様はルーク様のことをどう思ってるの?」

「どうって……とても繊細で優しい方よ」



 そう言って、トトはテーブルに置かれた手帳に目を落とす。


 ついているカバーはルークからもらったもので、革細工でとても滑らかな手触りをしている。


 シンプルなデザインだが、ショルダーがついており、さらにはさっと手帳が開きやすい。だんだん表紙や角に傷ができてきたので、そろそろ手帳を変えようかと悩んでいた。



「それで……素敵な男性だと思う」



 物腰も柔らかで、ちょっと抜けている部分もあるが、大事な手帳を褒めてくれた。


 それにラピスティアの肩書にも彼は触れてこない。


 本当に友人として接してくれるのだ。



「彼のイメージでレースを編んだら、きっと素敵だろうな……」



 トトは思わず声に出していたことに気付き、口元に手をやる。


 その様子にシルベスターはにやにやしながら、トトを見つめていた。



「シャルロット姉様の次は、ルーク様のイメージしたレースなんだ?」

「いや、さすがにルーク様には渡さないわ! ルーク様は男性ですし!」

「じゃあ、自分で身に付けるの?」

「え、それは……」



 もし自分が彼のイメージしたレースを身に付けるとなったら。身に付けることはなくても、部屋に飾ったら。


 そう考えると、急に頬が熱くなった。



「トト姉様、可愛い」

「からかわないで、シルベスター」



 ころころと笑う弟が少しだけ憎らしく見えた。頬の熱を冷まそうと手で触れるが、いっこうに治まる気がしない。



「ボクはトト姉様とルーク様を応援してるからね」

「応援って。私は別に恋とかよく分からないし……」

「そうだとしても、ルーク様と交流は続けたいでしょ?」

「ええ、もちろん」



 母はルークとの交流に反対しているが、家柄も人柄も申し分ない相手だ。


 顔のことだってトトの目には、優しい顔立ちの青年が映っている。



「もっと親しくなりたいと思うわ。それにお顔のことだってどうにかしてあげたい」



 なぜ彼が面布をつけることになったのか、詳しいことは分からない。しかし、あんなに優しい彼が社交界で鼻つまみ者になっていることが、トトは信じられなかった。



「早く自分の魔眼の使い方が分かりたいわ」



 昔は何度も魔眼が欲しいと願った。しかし、いざ魔眼を持っていると分かっても使い方が分からなければ、持っていないのと同然だ。


 それに本当に自分の魔眼が彼の役に立つのかも分からない。



「ルーク様に会った時、何か変化あった?」

「特に何も……相変わらずルーク様の素顔が分かるだけよ」



 メアリーの店で彼の面布の下を見たが、なんの変りもない、彼の素顔があるだけ。しかし、彼の顔を見た時、少しだけドキドキしてしまうのは内緒である。


 シルベスターはトトの話を聞いて、腕を組みながら低く唸る。



「うーん……じゃあ、今度お会いした時にルーク様の見方を変えたら?」

「見方って?」

「ほら、ボクの魔眼は相手の目を見ないと過去視ができないでしょ? だから、トト姉様も色んな角度からルーク様を見てみるとか?」

「色んな角度から……? じろじろ見てしまったら、はしたなくないかしら?」

「そこはさり気なくだよ。もしかしたら、ルーク様のレースのイメージも湧くかもよ?」

「そうね。さり気なく、さり気なくね。でも、イメージが浮かんだ時にその場で手帳を開いたら失礼かしら。何か口実が……」



 そんなことを口にしていると、シルベスターはどこか呆れた様子で嘆息を漏らした。



「トト姉様、本当にレースが好きなんだね。そんなに好きなら、職人やデザイナーになればいいのに」

「そんな無理よ、私なんか……」

「でも、シャルロット姉様の結婚式の時、トト姉様がデザインしたヴェールを見た令嬢達が『私も身に付けたい』って殺到したって聞いたよ? 結構デザインを売って欲しいって人もいたんでしょ?」

「シャルロット姉様のヴェールは売り物になんてできないわ。あれはシャルロット姉様のために作ったものなんだから」



 あれはシャルロットをイメージにしたものだ。それに加えて、姉の幸せを願った大切なもの。他の誰かが身に付けるなんてありえない。


 デザインを褒められたことや、姉が喜んでくれて、周囲の目に姉が綺麗で幸せそうに映っていたのなら、これ以上の幸せはない。シャルロットや家族には自分がデザインを考えたことを秘密にして欲しいことを伝えておいた。



「それに私の腕は趣味の域をでないし、あのヴェールはやっぱりプロおかげよ」

「トト姉様は謙虚だな……シャルロット姉様だけじゃなくて、ボクやグレン兄様、それにお父様とお母様もトト姉様を自慢したかったんだから」



 不満そうに文句を垂れるシルベスターにトトは少しだけ困ってしまう。



「いいの。あれは私の宝物だから」



 幸せそうにアーロイ様の隣に並ぶシャルロットの姿を思い出し、トトはふうとため息をつく。



(私もあんな花嫁になりたいな……)



 じっと手帳を見つめていると、ドアがノックされた。



「おーい、トト。ルーク殿から手紙が来てるぞ」



 グレンが一通の手紙を持って談話室に入ってくる。



「ありがとう、グレン兄様……あら?」



 受け取った手紙はいつものシンプルなものではなく、繊細な百合の意匠が空押しされている。


 紙の色が白い分、繊細で静謐な百合の柄はルークのイメージに合っていた。



「素敵……」



 感激するトトの後ろでグレンとシルベスターがこっそり話す。



「ようやくルーク殿が動き出したか……どれ、オレも一肌脱ぐか」

「グレン兄様、我々は見守りましょう。どっちも天然で奥手なんですから」



 そんな会話をしているのも露知らず、トトは手紙を抱きしめて振り返った。



「グレン兄様、シルベスター。私、部屋に戻って手紙を読んできます!」

「ああ、いってらっしゃい」

「ごゆっくり~」



 トトは編みかけのレースと手帳を持って、談話室を出る。


 部屋へ向かう足が、心なしか弾んでいるように思う。自室に戻ったトトは浮き立つ感情を抑えて、丁寧に蝋印をはがした。


 中の手紙もワンポイントで百合の意匠がされており、少しだけ嬉しくなる。


 今まで当たり障りのない真っ白な封筒だったが、彼が選んだのだろうか。



(でも、だいたい封筒って使用人に用意させるわよね……期待しすぎかしら)



 トトは手紙に目を落とすと、先日のお出かけと刺繍のお礼と手帳カバーを気に入ってもらえて嬉しいことが書かれていた。


 あとは簡単な近況だ。彼の弟のガイアが、帰ってきて疲れた顔に心配したこと。休日の間ずっとべったりだったことや、トトと出掛けたことを知ったガイアが「アタシもアニキとデートしたい」と言いだし、メアリーの店へ行き、メアリーにからかわれたこと。そして元気に出仕していったことなど書かれていた。


 刺繍の練習も毎日欠かさずやっているらしい。


 前とそれほど変わらない内容だったが、なぜだか笑みが零れた。



「今度はいつお会いできるかしら……」



 母の目を盗んでルークの屋敷に足を運んでいるため、頻繁に出かけたら不審がられるだろう。


 手紙のやり取りも兄やシルベスターだけでなく執事にも協力してもらっている。ラピスティア家の執事は、一族の傍系だ。だいぶ世代を重ねているので魔眼ではないものの、雫持ちである。


 もちろん、彼が協力してくれるのは家長である父の進言だからだろうが。



「お母様、大丈夫かしら……」



 最近の母は様子がおかしい。


 ルークと会うことはもちろん、手紙のやり取りまで反対している。その理由は社交界で広まっている『顔ナシ伯』の噂だ。


 いくら母が素直でルークと面識が少ないことを差し引いても、『顔ナシ伯』の噂を鵜呑みにするほどではない。



(お父様やお兄様達は大丈夫って言うけど、あれは私に何か隠している。でなきゃ、お母様をそのままにしているのがおかしいもの。でも、話さないところを見るとお仕事に関すること……?)



 ラピスティア家は制約が多い家だ。特に守秘義務。そのため家族であろうと、直接仕事に関わりがなければ、話すことはない。



(それとも私の気にし過ぎなのかしら……ルーク様とお会いする時にグレン兄様とアーロイ義兄様がやけに協力的なのもちょっと不安なのよね)



 二人は性格が正反対だ。一応、義理の兄弟のよしみで仲良くしているが、折り合いがつかないこともままある。



 そんな二人が足並みを揃えて協力してくれているのだ。その理由がルークにあるのだと思うが、少々不気味に感じる。



(ルーク様のお顔のこともあって、二人に限らずシルベスターも私の魔眼のことを気にしているみたいだし。でもルーク様は自然体に接してくれているように見えるし……)



 彼はトトの魔眼について何も聞いてこない。トトが彼の素顔が見えると分かっていても、面布(かおぎぬ)を取ろうとしない。


 生活に支障が出ているはずなのに、気にするところではないだろうか。



(なんだろう……そこはかとなく疎外感を覚えるわ)



 魔眼を持たないトトは、仕方ないことだとは昔から自分に言い聞かせてきたが、それでも寂しさが拭えない。



 自分だけ遊びに誘われず、兄弟達を見送るような気持ちだった。


 トトはそっとルークからの手紙を見つめ、百合の意匠を撫でる。



「もっと自分で知ろうとしなきゃ……」



 ルークのことも。自分の魔眼のことも。受け身では何も進まない。そうトトは思った。



(そういえば……)



 トトは手帳を開き、ルークの面布を見て浮かんだデザインのページをめくる。



「この星みたいな意匠、いいな……星の点と点を結ぶようにレースの線を太めに編めないかな……そうしたら星座みたいに綺麗になると思うんだけど」



 糸を後から継ぎ足すか、それとも編み方を変えてみるか。



(シャルロット姉様に渡す髪飾りの次はこれを作ろう……このデザインなら髪飾りやヘッドドレスより、ドレスの袖に使ったら可愛いかも)



 カーテンも可愛いと思うが、超大作になってしまう上に、少し少女趣味染みてしまうかもしれない。


 ドレスの袖もかなり時間がかかるが、コツコツ進めればどうにかなるだろう。



「裏地に空かせば映えるようになるかも……でも濃い色も捨てがたい」



 考えれば考えるほど、わくわくが止まらなくなる。



「そうだ、メアリー様に相談してみよう」



 彼も服やアクセサリーを作るのが趣味だ。姉にプレゼントする髪飾りのレースも彼に意見をもらっていた。


 そうと決まれば、姉の髪飾りを作ってしまおう。メアリーに完成品を見てもらい、自信につなげたい。


 トトは編みかけのレースに手を伸ばし、編む手を再開させた。



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