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第13話 兄弟



(行っちゃった……)



 久々の語らいのせいか、寂しさを覚えた。あんな賑やかな時間を過ごしたのは、二週間ぶりだ。


 ふとルークは面布(かおぎぬ)を外す。



(そういえば、糸くずがついてるって言ってたけど……ないな)



 刺繡の練習をしていたので、糸くずがついていても仕方ないと思っていたが、それらしいものは見つからない。



(まあ、いっか……そろそろガイアが戻ってくるだろうし……)



 ルークは談話室に移動し、刺繍の続きをしながらガイアの帰宅を待つことにした。



「あ……」



 針を刺した時、布地に通り切る前に糸が絡んでしまった。



「なにこれ……。どうなってるの?」



 絡んだ糸をどう解くのが正解なのか。とりあえず、針で糸を引っ張り出して結び目を探す。


 面布越しでは手元が見えづらく、ルークは面布をめくり上げた。



「うわぁ……結び目どこぉ?」



 刺繡糸は三本の糸を合わせて使う為、絡んでしまうとよく分からない。


 思わずげんなりしてルークは、糸の塊を針で突いていると、部屋のドアをノックされた。ルークは慌てて面布を下ろす。



「はい?」

「坊ちゃん、ガイア様がご帰宅されました」

「アニキ~、ただいま~」



 ダリルと共にガイアは、疲れた様子で入ってくる。


 いつもなら隙の無いほど身綺麗にしているガイアだが、よほど精神に余裕がないのか髪が乱れている。城に泊まり込んでいたらしいので、最低限の身の回りのことを手伝ってくれる相手はいただろう。それでもこの状態ということは、それだけ仕事が忙しかったというのが分かる。



「アニキ……アニキ……」



 どこかよたよたしながら自分を呼ぶガイアに、ルークは刺繍枠を置いてそっと頭を撫でてやる。



「おかえり。お仕事お疲れ様。お風呂を準備したから、ゆっくり入っておいで。お話はそれから聞いてあげるから」

「ありがとう……疲れた……」

「うんうん。出仕し始めたばかりなのに大変だったね。頑張ったね、ガイア」

「うん……うん?」



 ガイアが少し怪訝な顔をしてルークを見つめた。


 面布をつけ始めた時からガイアは、ルークの顔、正確には面布に向かってそんな顔を向けたことはあまりない。ルークが誰かに疑う目で見られることに怖がっているのを知っているからだ。そんな彼が、珍しく探るような目をルークに向けていた。



「アニキ、アタシの名前をもう一度呼んでくれる?」

「え? ガイア……うわっ⁉」



 無造作に面布をめくられ、ルークは声を上げる。


 明瞭になった視界で、ガイアがルークの顔を凝視すると、そっと面布を戻して首を傾げた。



「ど、どうしたの……?」

「いや……その……なんていうのかしら?」



 ガイアは少し考えながら口を開く。



「アニキに名前を呼ばれた時、懐かしい感じがしたの」

「懐かしいって……まあ一週間以上顔を合わせてなかったからね」

「いや、そんな久しぶりって感覚じゃないのよ……よく分からないけど」



 ガイアは首をひねりながら「疲れてるのかしら……?」と呟く。



「お風呂入ってすっきりしてくるわ」

「うん、いってらっしゃい」



 ガイアが部屋を出て行き、ダリルに向かって言った。



「ダリル、相当疲れているみたいだから、蒸しタオルとアロマ用意してあげてくれる? 多分、ラベンダーがいいかな?」

「かしこまりました」



 そう口にした後、ダリルもじっとルークを見つめた。



「どうしたの、ダリルも?」

「いえいえ、なんでもありません。では、用意してきますので」

「ああ、よろしく」



 ガイアが風呂から上がって、談話室に戻って来た。


 帰って来た時に比べて、顔色が良くなったガイアはルークの手元を見て「あ」と声を漏らす。



「アニキ、なんで刺繍なんてしてるの?」

「あまりに手持ち無沙汰で、手慰みというか、趣味でも探してみようと思って。トト嬢は手芸が趣味だから教えてもらったんだ」

「刺繍ならアタシも教えられるのに!」



 ぷんぷんと頬を膨らませるガイアに、ルークは苦笑する。



「ガイアが帰って来た時に話のネタにでもなればと思ってさ。それに困った時にガイアにも聞けるでしょ?」

「まあ、そうだけどね……」

「ガイア坊ちゃん、これを」



 ダリルがアロマをつけた蒸しタオルを持ってくる。


 ラベンダーの香りが室内に漂い、ルークもどこかほっと息をついた気分だ。



「ありがとう、ダリル」



 ダリルからタオルを受け取ったガイアは、何を思ったのかルークの隣にやってきて、膝の上に頭を置いた。そして目元にタオルを置いた彼は、ふうと息を吐いた。



「ああ~、生き返る~。寝そう……」

「寝てもいいよ、夕飯になったら起こしてあげるから」



 だいぶ声が間延びしている。まだ夕食まで時間があるので少しくらい寝かせてあげられるだろう。



「ねー……アニキ」

「何、ガイア」

「ちょっと、小さい頃の話して」

「え? 別にいいけど……小さい頃か」



 ルークがクラウドの友人として宮廷に上がるようになった頃がいいだろうか。



「そうだな……六歳くらいの頃の私はね。ガイアがすごい羨ましかったんだよ」

「そうなの?」

「うん。ガイアは雫持ちで、悪いものを遠ざけるお守りみたいでしょ? それに女の子みたいに可愛かったし」

「アタシは今でも可愛いわ」



 ガイアの減らず口に、気づけば笑い声が漏れた。



「そうだね。だから、いつもみんなからちやほやされて、私は子どもながらに嫉妬してたんだよね」



 ルークとはガイアとは一つしか違わない。ガイアは特別我儘を言う子ではなかったが、優先されるのはガイアの方だ。おまけに雫まで持っているので、自然とガイアが注目される。



「それに私が褒められる時はいつも「優しいお兄ちゃん」をしている時だけ。だから、我慢とかそれ以前に、ちょっと冷めてたんだよね。ガイアばかりずるいなーって」

「……なんか意外。ラピスティア侯爵に善人のお墨付きもらってるのに」



 ガイアの言葉にルークは苦笑する。



「私は、いうほど善人ではないよ。でも、考えを改めたのはクラウド殿下とアーロイ様と知り合った時からかな? 私は三人の中で一番年下だし、ガイアみたいに可愛がってくれるのかなって期待していた自分がいたんだよ」



 二人とも雫を持たないので周囲もそれなりに平等に扱ってくれるだろうと、ルークは考えていた。しかし、当時のルークは身分というものをよく分かっていなかった。



「でも、お二人とも一人っ子で自己中心的なところがあってさ。年下への扱いがよく分かってなくて、おまけに二人より身分も下でしょ? 本当に最初は小間使い扱いだったんだよね」

「うわ……」



 クラウドに召使のごとくこき使われ、年長者のアーロイはクラウドを窘めるも、よくも悪くも平等だった。どちらか一方を甘やかすなんてことはしない。厳しくするか、妥協するかのどちらかだ。


 アーロイは父親の後を継ぎ、次期宰相になることを幼い頃から決めつけられて育ってきた。幼い頃から厳しい教育を受けて来た彼は──自分が受けてきた教育は厳しかった。相手にも同等に厳しくて当然だろう。──手心が皆無なのは当たり前である。



「それに三人で遊ぶって言っても体格も頭も違うしね。殿下は習ったばかりの体術を素人の私で試そうとするし、アーロイ様も手加減しないし。いじめられている気分だった。もう行きたくないって思ったね。でも、家に帰ってきたら、ガイアがいつも慰めてくれて、私は嬉しくて。その頃からガイアが羨ましいとか嫉妬とかしなくなったなー」



 初めは自分も宮廷に行きたいと言っていたガイアだったが、心身共にボロボロになって帰ってくるルークを心配し、慰め、こう言ったのだ。



『大好きなお兄ちゃんを泣かせるなんて、ガイア許せない! ガイアもお城に行く! 雫の力でお兄ちゃんを守ってあげる!』



 年上二人の存在も相まって、ルークはガイアの言葉に胸を打たれた。



「ガイアを大事にしようと思ったよ。それから、必ず頭に『呪われた』がつくアイテムが大量に家に届いたことあったでしょ?」

「ああ……あれね」



 ルークがクラウドの友人として宮廷に上がり始めて一か月ほどが経った頃のこと。


 ガイアの雫を頼りに、曰く付きの物品が届くようになった。


 殺人鬼が愛したソファ。女吸血鬼が愛用した鉄処女。悪魔が宿る木彫り人形。挙句の果てには幽霊屋敷への招待状などなど。おおよそ幼い子どもの目に触れるものではないものが、ガイアに渡されるようになったのである。


 そもそも、なぜそんなものが届けられたのか。



「あれはね。クラウド殿下のおじい様、先王の差し金だったの」

「は……?」

「ガイアの雫の能力が高ければ、お守りとして王族の傍に置こうと考えてたんだよ。ガイアが雫持ちだって分かった時から殿下の友人候補としてガイアの名前はあったんだけど……うちとアーロイ様のお父様、今の国王陛下と相談した上で、私が選ばれたんだ。でも、先王は諦めきれなかったらしくてね」



 ルークは送られてきた品々の謂れを父親から聞き、それが人の死にまつわる話ばかりだと気付いて、こう思った。



 ──もし、ガイアの雫が曰く付きの品々に負けたら?


 それはガイアの『死』を意味する。



 心の支えと化していたガイアを失うなんて考えられない。ならば、死なばもろともの精神で、ルークは曰く付きの品々と対峙するガイアの傍を離れなかった。


 お化け屋敷や幽霊の出る回廊へ向かうことになった時は、我先に先行した。



「もうガイアだけは絶対に守らないとって思ったよね……」

「あの頃はアニキが傍におかげで心強かったわ……ありがとう、アニキ」



 ルークは少し泣きそうになったのをぐっと堪えた。


 今ではガイアの雫の力も強く、魔女の言霊から守る力があることが分かった。ガイアも大きくなり、ルークが守らなくても、自分で身を守れるし、なんならルークを守ってくれる。


 この顔になってからも何度ガイアに助けられたか分からない。



「お礼を言うのは私の方だよ。今も昔も、私を支えてくれてありがとう、ガイア」

「…………うん」



 彼は短く返事をした後、大きなあくびをする。



「ゆっくりおやすみ、ガイア」



 ルークは刺繡の枠を置いて、そっとガイアの頭を撫でた。自分と同じ銀色の髪は、柔らかく綺麗に手入れされている。撫でる手が心地いい。



「ああ……やっぱり……」



 寝ぼけたような声がガイアの口から紡がれる。



「アニキの声だ……」



 そう言って、彼は深い寝息を立て始めた。


 一瞬、何を言われたのか分からなかったが、ルークはガイアをそっとしておき、刺繍する手を動かすことにした。


 ◇


 トトとデートをした日から二日。


 出仕するガイアを見送り、トトから届いた手紙をダリルから受け取った。


 渡した手帳カバーの感想が書かれており、だいぶ気に入ってくれた様子だった。



(面布を見て創作意欲が湧いたって書いてあったけど、そんな刺激になるものだったかな?)



 面布を外して見てみるが、内側は先が透けて見えるだけだ。ルークは面布をつけ直すと、一度伸びをする。



「さーて、トト嬢に返事を書かないとな。先日のお礼と……刺繍の練習具合と……」



 便せんを取り出し、返事を書いていくと、前よりもペンの進みがいい。すぐに書き終わったあと、封筒に入れ、蝋印を押そうと引き出しを開ける。


 引き出し中には、これまでトトからもらった手紙が入っていた。愛らしい花柄だったり、凹凸のある空押し加工が施されたものだったりと、小洒落ている。



(トト嬢はセンスがいいな……私もこういうので返事を返した方が喜ぶかな……)



 トトの手紙と比べ、真っ白な便せんはそっけなく感じる。用意してくれたダリルに文句をつける気はさらさらないが、なんとなく自分で選びたいという気持ちが湧いてくる。



「商人を呼んでもらおう……」



 ルークはそう呟くと、すでに書いた手紙は引き出しにしまい、ダリルを呼ぶのだった。




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