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第11話 買い物

 

「はーい、ルークちゃんお待たせ~」


 彼が奥から出してきたのは、両手サイズの裁縫箱と刺繍の枠。裁縫箱の中は縫物に必要なものが最低限入っている。指貫はルークの指のサイズに合いそうなものを用意し、糸通しも出してくれる。



「練習に使うなら、布はこれとペンタイプのチョークね。リボンと糸はトトちゃんと相談して決めてね」

「ありがとうございます、メアリー。あと、ちょっとお聞きしたことが……」

「何よ?」



 ルークはちょいちょいと手招きをし、頭を傾けたメアリーに耳打ちをする。



「トト嬢にお礼をしたいんですけど……女性がもらって嬉しいものってなんですかね?」



 ルークは自分の趣味探しに付き合ってくれるトトにお礼を考えていた。しかし、土産や花以外に礼の品が思い浮かばす、ダリルに相談しても「自分で考えるのが大事ですよ」と言われてしまった。


 結局、今の今まで答えがでなかったため、メアリーに会う時に聞いてみようと思ったのである。乙女心の分かる彼ならきっと参考になる答えを教えてくれるだろう。


 しかし、それを聞いたメアリーは真顔になった後、ぐしゃぐしゃとルークの頭を掻き回した。



「青臭いねぇ! そんなもん、自分で考えな!」

「ちょ⁉ メアリーだから聞いたのに!」

「何事も経験よ! 相手が喜んでくれそうなものを選べばいいのよ! ほら、これは包んでおくから、トトちゃんところに行っておいで!」



 強引に背中を押されて追いやられたルークは、きゅっと唇を結ぶ。



(みんな同じことを言う……)



 糸が並ぶ商品棚へ向かうと、手帳を開きながら真剣な表情で糸を選ぶトトの姿が会った。


 彼女はルークに気付いて顔を上げる。



「あ、ルーク様……って、その頭どうしたんですか⁉」



 トトは糸を置き、ルークの髪に手を伸ばす。



「綺麗な御髪がぐちゃぐちゃです。ちょっとしゃがんでください」

「すみません」



 乱れた髪を整えてくれるトトの手が少しくすぐったい。彼女の手つきが丁寧で優しい分、頭を撫でられているような錯覚を覚えてしまう。



(ついガイアにやってもらうような感覚でしゃがんだけど。なんだろう、急に恥ずかしくなってきた……)



 するりと頭から面布(かおぎぬ)が滑り落ちた。さきほどメアリーに頭を掻き回された時に、結び目が緩んだのだろう。


 床に落ちた面布にルークが手を伸ばした時、同じく手を伸ばしていたトトの手がぶつかる。



「「あ、すみません」」



 同時に手を引いて同じ言葉を口にした二人は、顔を見合わせて笑ってしまう。


 彼女はルークの面布を手に取ると、汚れを払った。そして、面布の内側を見て目をぱちくりさせた。



「これ、不思議な布ですね。内側からだとヴェールみたいに透けて見えます……」

「はい。国の雫持ち(と隣国の魔女)が総力の上げて作った特注品です」



 元々手芸が趣味な彼女はまじまじと面布を見つめているが、正直ルークは気が気でない。常に顔と接している部分なので、決して清潔なものではないのだ。



「ト、トト嬢? 内側を見るのはちょっと……」

「え? ああ、すみません。なんか綺麗だなと思って……」

「綺麗?」



 ルークが面布の内側を見ても、それはただのヴェールにしか見えない。女性の感覚だと何が違うのだろうか。



「はい。こう……」



 トトが面布の内側に触れようとし、ぎょっとしたルークは慌ててトトの手を握った。



「す、すみません! 触るのだけは、どうかご勘弁を!」

「ひえっ⁉」



 汚いものを触れさせるわけにはいかないと咄嗟にとった行動だったが、トトが小さな悲鳴を上げた。



「どうしたの、トトちゃん!」



 声を聞きつけて来たメアリーの慌ただしい足音が近づいてくる。


 そして、メアリーが棚の角から現れると、心配していた顔が鬼の形相に変わる。



「コォラァ! トトちゃんに手を出す不届きものはどこのどいつだぁ⁉」

「ひいいいいいいいっ⁉」



 態度が急変したメアリーにルークは飛び上がり、思わずトトの背に隠れた。



「トトちゃん! そいつから離れなさい! 無断で女性に触る男はすべからず敵よ! それとルークちゃんは⁉ こんな時にあのヘタレはどこ行ったの⁉」

「ご、誤解です、メアリー様! この方はルーク様です!」

「ああっ⁉」



 面布がない状態ではメアリーはルークを認識できない。ルークはトトの手から面布を抜き取り、それを自分の顔に押し付けた。



「わ、私です、ルークです……」



 恐る恐る顔を出すと、メアリーの表情が次第に柔らかくなっていった。



「なぁんだ。ルークちゃんだったの? トトちゃんの声が聞こえたし、怪しい男と一緒だから何事かと思っちゃったじゃないの」

「す、すみません……面布が取れてしまったので……」



 ルークは面布を一度つけ直そうとして顔から離すと、メアリーにその様子をまじまじと見つめられる。



「本当に不思議な顔ね。目を離すと別人に感じるわ。トトちゃんはそう思わないの?」

「はい。私はルークの顔が分かるようなので」

「まあ、そうだったの? ……ルークちゃん、どんな顔なの?」

「いたって平凡な顔ですよ、メアリー」



 こっそりトトに聞いたつもりだったようだが、ルークには丸聞こえだった。



「それに、メアリーは私の顔を見たことあるでしょう?」

「あるけど、今は思い出せないのよ~! 社交界の陽だまりの異名に恥じない、母性をくすぐるような優しい顔っていうのは覚えてるの!」

「やめてくださいよ、その異名……陽だまりって男につけるものじゃないですよ」



 どちらかといえば、癒し癒され愛される令嬢に付ける異名だとルークは思う。顔ナシ伯と言い、一体誰がそんな異名をつけているのか。


 ルークがそう愚痴ると、トトが自分を見つめているのに気付いた。



「どうしました?」

「いえ、なんでもないです。ルーク様、本番用のリボンや糸を決めませんか?」



 大分、ごたついて時間を取ってしまった。屋敷に戻って刺繍を教えてもらうまでの時間を考えると、時間が足りなくなるかもしれない。



「そうですね。メアリー、リボンの棚ってどちらですか?」

「こっちよ」



 メアリーに案内された場所は、リールに巻かれたリボンが並ぶ棚だ。リボンと一口で言ってもカラーバリエーションから、光沢のある絹でできたもの。そして柔らかな綿素材と様々だ。



「アタシは光沢のある絹がオススメよ。ガイアちゃんの髪は絹に負けないくらい綺麗だし、よく映えるもの」

「絹のリボンに同系色の糸もいいですよ。立体的になりますし」



 メアリーとトトに勧められ、ルークは絹素材のリボンを選び、仕事でも使える黒に近いダークブルーのリボンを手に取った。


 ガイアの髪はルークと同じで淡い色だ。濃い色のリボンの方が似合うだろう。


 隣にいるトトに目を向けると、彼女は手帳を見ながら、リボンを手に取っている。


 彼女の手の平よりも少し大きい手帳はだいぶ使い込んでいるようで、角が削れてしまっていた。何度も開いているのだろう膨らんでいるようにも見える。



「うん、これがいい」



 トトが満足げに頷く彼女にルークは声をかけた。



「トト嬢、その手帳は?」

「あ、これは私のデザイン帳といいますか……ネタ帳ですかね。ぱっと思いついたものを書いたり、デザインに合いそうな生地を書いたりしてるんです。紙を継ぎ足しているので、ボロボロになってしまっていますが……」



 トトは少し恥ずかしそうに笑うと、「メアリー様にリボンを切ってもらいにいきますね」とその場を離れた。



(新しいものを買わないってことは、大事な手帳なんだろうな……)



 彼女へのお礼の品を思いついたルークは、そっとトトから離れると既製品が並ぶ棚へ向かった。


 この店は店員が作ったハンドメイドの商品も売っている。その中からルークが見つけたのは、ショルダー付きの手帳カバーだ。革細工で派手過ぎない花の刻印がされている。留め具を外せば、すぐに手帳が開けるようになっているし、ショルダーも取り外しが可能だ。


 ルークは買い物カゴに入れ、トトが気付かないよう会計時に袋を小分けしてもらった。



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