ダーラニー
結局、黒服7人衆の注文はダーラニーと会話せよというものだった。
無茶苦茶だ。
要はバナマ運河襲撃事件の首謀者としてダーラニーを尋問せよということだろう。
鳥……鳥だぞ。
「はあっ……」
オックスはダーラニーの骨折解放手術の準備をオルドレス首席研究員が執刀医を務める施術チームの一員として奔走しながらダーラニーとの意思疎通《いしそつう
》の方法を考えねばならなかった。
ダーラニーが意識を取り戻した3日目以降の接触で知能が相当高いとは想像させたが、会話が成立するとは到底思えなかった。
だいたいケツァルに言葉があるのか?
途方に暮れるとはこのことだが、もし成功できれば正式な研究員の地位が約束される。
やるしかなかった。
10日目の夜のことだった。
オックスは深夜の巡回監視を行っていた時に、ダーラニーの病棟から美しく高音の管楽器の音色が聞こえるのに気が付いた。
通常の人間には聞こえないだろう20kHzを超える音域で奏でられているが、オックスの聴覚はそれを捉える事が出来た。
その音にはなにか懐かしい痛みが蘇る気がした、足を止めて聞き入る。
聞き覚えがあるリズム。
「ああ、これは……唄だ、ノルマンの民の唄だ」
そっと歩を進めてドアの隙間から治療室に横たえられ繋がれたダーラニーは首を高天井の窓から夜の空を見ているようだった。
「!」
美しいグリーンの耳羽(目の下の羽根)を涙が濡らしていた。
オックスはダーラニーとの意思疎通を確信した。
ダーラニーはどうするべきか悩んでいた。
ノルマンの唄を知る人間の若い女、ここ数日、板に絵を描いたものを自分の前に置き、決まった音を聞かせる、これは自分に意味を持った意思疎通を望んでいるのだろう。
意思疎通は簡単なことだが、本来の知力を晒すべきか、馬鹿な鳥でいるべきか。
ここに繋がれた時、すぐに処刑されるだろうと覚悟したが、予想に反して人間たちは怪我の手当てを始めた。
すぐに殺されることは無いのかも知れない、なにが目的なのか。
人間たちは我らを奴隷とし略奪の限りを尽くしてきた。
しかし、魔の黒鳥に追い詰められたあの時、我を庇い自死した飛行機械を操った人間もいた。
目の前の女もノルマンの民と共生していたころの良い匂いを感じる。
乗ってみるべきかもしれない、これ以上の破滅はないのだから。
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