魔の黒鳥 ディアボロス
ヒュイィィィィ、高度50メートルをリオの一式戦は煙を避けて飛ぶ。
「爆撃の跡がない・・・」
カシャッ、カシャッ 機体底部に設置された戦術航空写真ポッドシステムで惨状を記録していく。
光学機器に関しては技術力の高い覚醒者が国内製造所に多く従事しているため、時代以上のハイスペックな物が製造されていた、他にも電池、金属素材、石油化学、繊維、建築等、他国を圧倒している分野は多い、半面銃火器や砲弾、爆弾、電探分野は遅れていた、敵性列強国家にはジェットと呼ばれる発動機もあるという。
リオが乗騎する一式戦ハヤブサの武装も機首に取り付けられた2挺の12.7ミリ機銃のみであった、しかも搭載できる弾数は270発しかない、900発/分の連射速度は十分だが1回の戦闘で18秒しかトリガー(引き金)を引けない、敵機を前に冷静を保てない者は5回から6回の射撃で武装はなくなり、あとは離脱するかカモになるしかない。
稀にやってくる偵察機相手にも威力不足はいなめない、開戦以来、1式戦が敵機を撃墜したことはいまだなかった。
戦争状態にあるとはいえ、自然の防壁である超山脈に囲まれたリーベン合衆国はダム内側に銃弾が飛んできたことも人的被害があったこともない、前線は山脈奥地の資源採掘施設周辺等の防衛戦闘がほとんどであり、対地攻撃など実戦はおろか訓練でもしたことがなかった、覚醒者の書いた戦術論を机上で受けたのみだ。
港湾の作業所に無残な兵士や作業員の遺体が転がっている、サーベルで貫かれている者は自分の体以上の面積に血だまりを広げているのが上空からでも分かる。
上空を飛んでいるコクピットの中まで血の匂いがするようだ。
「なんて惨い・・・」
初めて見る凄惨な光景、きっと家族もあり、それぞれ必要とされる大事な命の上に降り注いだ無慈悲な死。
恐怖や怒り、悲しみよりも、非常識な日常の光景がリオの血をアドレナリンで沸騰させた。
交換神経が興奮状態に陥り、操縦桿を握る手が震え、視界が狭まり、呼吸が乱れる。
低速とはいえ250キロメートルで飛行していれば秒速約70メートル、0.1秒の判断の遅れで軌道は12メートルもズレてしまう、狭い山岳では一瞬が命とりとなる。
ザザザッ
同行度、前方150メートル支流の峡谷から突然数十頭のケツァルが飛び出してきた。
「 ッ! ! ! 」
正面に突然縦幅20メートルのケツァルの陸橋が現れた、空中衝突まで2.5秒、上方にはかわせない、左右にも空間はない、反射的にリオはプロペラピッチを変更、ディスキングブレーキを動作させると自動空戦フラップが下がる。
ドスンッ! 機体は悲鳴をあげながら時速250キロメートルから時速150キロメートルに減速、失速寸前となり、リオのコントロールから揚力が機体をもぎ取ろうとする。
飛行ルート不明な状態でエアレースの障害を潜るような飛行を強いられる中、予測不能な緊急事態に対処する反射神経は、日頃の訓練と視覚から得た情報を大脳の思考を飛び越し、小脳が筋肉に指令してなせる人体回路のショーカット機能だ。
揚力がなくなり、グリップしない操縦桿の僅かな一瞬の反応を捉えて機体を水平にするが早くスロートル全開、ピッチコンロールを戻す。
ガアァァァァァ・・星形14気筒が炎の排気煙を吐きながら吠える。
バオッ! ケツァルの陸橋を潜る、地上まで5メートルもない。
ここまで一連の動作が3秒、それから3秒後には高度60メートルまで戻した。
空中分解しなかったのが奇跡の操機だ。
冷たいコピットの中で空中衝突を免れた安堵感が冷や汗となり首元から胸元を伝っていく、振り向き後方を目視すると数十鳥のケツァル達の橋が乱れ右往左往し始めていた。
「ケツァルだ、間違いない!」
右往左往するケツァルの後ろから、さらに巨大な翼竜が上部から急降下してくるのを
リオの目が捉えた。
「あれはなに?」
全長6メートル近い円錐状の巨体が弾丸のようにケツァル達の群れに突っ込む、円錐状の羽根を広げると、弾丸の落下速度で殴られたケツァルはもんどりうって落下していく。
最大限に翼を広げたその姿は翼間15メートル、漆黒の姿に赤錆色の目が毒々しい。
黒い怪鳥は周囲を逃げ惑うケツァルを片端から襲う。
「同士討ち!?あれはケツァルではない」
リオは更に高度をとり、バナマ運河上空の一方的な殺戮を戦術航空写真に記録しながらコントロールと僚機《りょうき
》ローズに無線で呼びかけた。
「オスカー2より報告、バナマ運河にケツァルとその他大型翼竜を確認、上空への侵入は危険、繰り返す上空への侵入は危険 !」
ザザ・・・ガガ・・ザ 相変わらず無線は入らない、僚機ローズも山の陰になっているのか返信はない。
チビケツァルは混乱していた、あの悪魔のような黒鳥、退却していたケツァルの群れを一方的に攻撃してきた、狭い峡谷内では逃げ場がない、先頭にいた5鳥が一瞬で殺された、弾丸降下してくる漆黒の槍は鋭く、かすっただけで致命傷になり、その巨体にぶつかれば翼を支える腕は簡単に折れた、飛行速度や加速もとてつもなく早い、まったくついていけなかった。
やむなくチビケツァルは群れを反転させたが、峡谷から出るまでに仲間の三分の一以上が犠牲になり瀕死の体で運河に逃げてきたのだった。
他の種族とは出来る意思疎通が全く出来ない、今までは峡谷の奥深く、どこからか飛来して、たまに仲間を襲う程度だったのに、なぜ今日に限りこんなところまでやってきて一方的な虐殺を始めたのか、さらに捕食のためではなく悪魔どもは殺しを楽しんでいるようにみえる。
魔の黒鳥、ディアボロス・・・人間に使役されているのか?
上空には人間の飛行機械もいる、このままでは全滅してしまう。
チビケツァルはその高い知能でこの窮地を脱する道を探すために、敵に目を凝らす。
その攻撃力は分かっている、大きさ、速さ全てかなわない、では望みはないか……
奴の脚は短い、走れないのではないか?
ケツァルは地上移動も得意だった、平場なら熊なみの時速50キロメートルで走れる。
上流1キロメートル先に巨大樹の森があった、そこに走りこめば上からの襲撃はできない、地上移動なら負けない。
チビケツァルは恐慌に陥った仲間たちに大声で叫んだ。
しんようじゅのもりえいけ!ついたらはしってにげろ!
散り散りになった仲間の近くまで飛び叫んで回った、そうしているうちにも一鳥、また1鳥と仲間が犠牲になっていく。
これ以上殺させない!
チビケツァルはディアボロスの前で立ちはだかり、自分を囮にして仲間を逃がした。
赤錆びた瞳がチビケツァルを見据えて方向を変える、チビケツァルも急降下して煙漂う運河施設に逃げる。
一か八か建物を利用してやつを躱すに賭ける。
離脱しようと運河中央を飛ぶリオの視界にチビケツァルの動きが入った。
「あいつ、自分を囮にして仲間を逃がした ? 」
リオは驚いた、神獣とはいえケツァルが自己を犠牲にして仲間を助けている、そうとしか思えない動きだ、高度な感情を伴った行動だ。
だが無謀な賭けだ、速度が違いすぎる、あっという間に背後に着かれている。
地面近くの建物を掠めながらチビケツァルは右へ、左へ度々走ることも交えてクルクルと逃げる、上から嘴を延ばすディアボロスは建物が近づく度に高度を取って躱さなければならないため、仕切り直しを余儀なくされている。
「すごい、なんて機動力」
リオはその戦闘に見入った、翼竜どうしの格闘戦、生命を賭けた退けない戦いを見ているようだ。
「やはりケツァルじゃない、襲撃はあのでかいのがやったのだわ」
チビケツァルの行動に尊敬の念を抱いていた。
「援護するわよ ! 」
再びリオは斜め上から反転、降下しながらディアボロスに向かい射撃体勢に入った。
チョロチョロと地面を逃げ回るチビケツァルにディアボロスは戦術を変える、チビケツァルの進行方向の建物をその巨体をぶつけて壊し残骸をまき散らす、ガラガラと音を立てて木材や鋼管が散乱し地面を跳ね回った。
しまった!!
「ぎゃうっ」
跳ねた木材がチビケツァルの頭にヒット、血潮が飛びもんどりうって地面を転がり、岩壁に身体を打ち付けて止まった。
ドスンッ、重々しくディアボロスが近くに降り立ったのが分かった、(太りすぎだろ、鳥のくせに)、朦朧とする意識の中で悪態をついた。
周囲が暗くなる、ディアボロスが羽根を広げて獲物を逃がさないように囲ったのだ。
これまでか・・・
一族の窮地を救うため、観察し、研究し、計画し、仲間を集め、訓練し、そして実行した。
一度は成功したと思った、いや成功したのだ、しかし、想定外の事態に対処できなかった、自分の責任だ。
半数は逃がせたと思うが今後のことを思うと・・・
無念だ、みんな、ゆるしてくれ!
ブゥゥゥアアア、峡谷の山脈を吹き上がる風を切り、岩壁でケツァルが射線から外れる斜め前方からリオはディアボロスを12.7ミリで狙う、距離は200メートル、停止目標なら外さない、弾丸は普通弾だが、この距離なら12ミリの鉄板でも貫通する、生物ならバラバラになるだろう。
山岳特有の方向の定まらない乱流の中で、機体の動きと照準器に目標が重なるタイミングを予測してトリガーを絞る、2連射、ドドドッ、ドドドッ 右左の銃口から合計
50発の普通弾が初速800キロメートルの速度で打ち出される。
着弾を確認したいがその暇はない、すぐに機体を起こして上昇する。
ガガガガ……
メジャー選手が投げる変化球スイーパーのようにストライクゾーンに向かって線状に着弾点が床に穴を穿ちながら伸びる、破砕された石材が中を舞う。
時速800キロメートルのスイーパーがゾーンの端を掠める、ディアボロスの漆黒の羽根が飛び散る。
ギャアアアッ
「ちっ、浅いか!」
「もう一撃!」
リオは射撃位置を得るため機体をもう一度上昇させる。
この時、ディアボロスが逃げることはあっても直接反撃してくるとはリオは予想していなかった。
ディアボロスは知っていた、今の衝撃と痛みとその根源を・・・脅威は排除しなければならない、この世界の支配者は自分だ……邪魔をする奴は許さない。
トンボごとき引き千切ってくれる、お前を知っているぞ。
赤錆の瞳が怒りに燃える。
バアオッ、上空に向かい狂気の羽根を広げる、短く太い脚は走るのではなく巨体を
ジャンプさせるためだけに特化していた、バシュッ 垂直カタパルトで打ち出されたあと巨大な羽根で大量の空気を掴む、一掻きで大型ヘリコプター以上のダウンバーストが起こる、二掻き、三掻き、そこだけ重力がなくなったような加速、ケツァルどころではない、その上昇速度は最大上昇速度秒速17メートルの1式戦を凌駕している。
なんだ? 何が起こった ?
今のは、飛行機械の銃撃音 ?
助かったのか ?
霞む目で上空を見上げると悪魔の攻撃対象は自分から飛行機械になったようだ、血眼になって追いかけている。
どこかやられたか ?……
悪魔が飛行機械に夢中になっているうちに逃げなければ。
立とうとしたとき右足に激痛が走る、ありえない方向に足か向いていた、骨折だ。
なんとか片足で立とうとしたが、こんどは右翼が折れていた。
走ることも飛ぶことも出来ない。
絶望がチビケツァルを覆った。
読了ありがとうございました。