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ラプトル(猛禽)の爪   作者: 祥々奈々
2/38

神獣ケツァル

出来る限り連続投稿します。

(  3年前の秋 )


 リーベン国領西部ホラル山脈 一級河川いっきゅうかせんラライ川、山脈と都市をへだてる巨大ダムに注ぐ

河口は幅500メートルにも及び、上流部には石油を始め鉱物資源も豊富である。

 全長50メートルを超える貨物船も運行が可能な河川ではあるが、途中固い岩盤がんばんにより水深が確保出来ない場所では閘門こうもんを使用した運河により上流75キロメートルまでさかのぼることが可能となっていた。


全長10キロメートルからなるバルマ運河、超山脈から発する巨大で深い河川を全長50、総重量800トンの貨物船第5ゼニス号は、さらに上流で工事が進む運河建設のための爆薬をその腹に積み込み、運河の中央閘門ちゅうおうこうもんが開かれるのを待っていた。

 船舶用せんぱくようの運河の脇には水深調整用も兼ねた魚道が作られていたが、ここ数年秋に遡上

するさけ鱒類まするいが極端に減少していたが理由は分かっていない。


 若い操舵士そうだしはブリッジから外の景色をながめていた、そこにはせま渓谷けいこくと深い森、小高い岩の突端とったんにこちらを見下ろす大きな鳥のような生物がいた。

「あいつ、またいた・・・何を見ている?」

操舵士の目線の先には体高3メートル、翼を広げれば翼間よくかん7メートルにもなる羽根のある神獣、美しいピーコックグリーンの羽根に金色の鶏冠かんむりを持っている、一部の民族では信仰の対象になっている神獣ケツァル。

 操舵士の呟きを聞いて船長が窓から覗き込んだ。

「ほう、仲間外れのチビケツァルか」

 船長のいうとおり、平均的はケツァルよりも一回り小さい、4から5鳥の群れで魚を狙って狩りをするのが普通であって単独でいるのは珍しい。

 しかし、チビケツァルはこの半年、バルマ運河を往復しながら行きかう船を観察するような姿が話題になることが度々あった。

「かわいそうになぁ、体が小さいから虐められているじゃないかな」

「羽根も特別きれいだから嫉妬《しっと

》されるじゃないですかね」

「神獣の世界も生きるのは大変ってことよ」


 基本的には魚を主食としていて、陸上の生き物は襲わない、その寿命は50年近くと長命でもある、なにより相当知能は高いと知られていた、彼らは歌を唄う、高温で伸びのある透き通った声、そのリズムには喜怒哀楽の感情が表現されている、夕刻の峡谷に静かに響く歌声は美しく、群れで唄えばまるで峡谷のオーケストラ、金を払ってでも聞く価値があり、ロマンチックな声を背に彼女にプロポーズするのは定番だ。

 操舵士の男もそうだった、ケツァルの歌のおかげで結婚できた一人だった。

「密猟者につかまるなよ」

 窓の向こうのチビケツァルに小さく敬礼した。


一瞬、チビケツァルののどふくらみ、管楽器のくちばしが不意に開かれると

ギイギャァァァァーーー

 おおよそ似つかわしくない暴力的な声は鋭い痛みを伴い操舵士や船長、運河の管理者も含めて近くにいたものの鼓膜を越えて脳神経を直撃した、ある者はうずくまり、泡を吹いて失神するものもいた。

 全員が機能停止に陥った。

「 !! 」「ぐぁぁっ・・」

 ソニック・ウエポン、神獣の能力の一つ超音波攻撃だ、長時間さらされると人間であれば脳になんらかの障害を起こす。

 硬直した人間の隙をついて神獣ケツァルは素早く船の甲板に飛び移ると、器用に足のかぎ爪でかぎを外して四か所ある荷下ろし用の水平扉を全部開放していく。

 よろよろと操舵士が体を起こしたときには船内倉庫に積まれた爆薬が見えるようになっていた。


 クゥアーカ、クゥアーカ

 再びチビケツァルが合図をするように声を発すると、すぐ横の森より別なケツァルが

飛翔ひしょうしてくる、その足は虫に食われたのか細かな穴が無数に空いた枯れ木をつかんでいた、その数4鳥。

 4鳥は1直線に降下すると打ち合わせたように4か所の扉の中にそれぞれ枯れ枝を正確に放り込むと、衝撃しょうげきを受けて転がった枯れ枝から勢い良く水蒸気状の液体が噴き出す、透明な液体はあっという間に気化してガスとなり、船底に溜まっていく。

 枯れ木の虫食いは身の危険を感じると可燃性の液体を噴射ふんしゃする昆虫が大量に巣くっているものだったのだ。


 操舵士はかすむ目でケツァルの行動を意味も分からず見ていた。

 なんらかの意図、目的をもってしていることは確かであり、連携れんけいのとれた動きは、もはや作戦だ。

「?いったいなにをっ」

 チビケツァルの次の行動を見たとき、その目的を理解して全身の血の気が引いた。  

 くちばしでつかんだ石を打ち付けて火花を船内倉庫内に落としている。

 爆薬に火を付けようとしているのだ !

 しかし、ガスの存在を知らない操舵士は、枯れ枝と火花程度では着火などするわけはないと安堵しかけたその目に船内倉庫から上がるオレンジ色の炎が映った。

「 ! ! 」

チビケツァルは着火を確認して、その翼のひとかきで10メートルを舞い上がる、枯れ枝を落とした4鳥とともに高度200メートルまで上がると船上空を旋回せんかいする。

「船長! 船長!」

 船長は失神しており反応しない、操舵士がふらつく足でブリッジに出たときには倉庫か盛大に火の手が上がっていた。

「やばい!爆発する!」

転げ落ちるように水面に身を投げ着水するのと船に積まれた4000キログラムのダイナマイトが爆発したのは同時だった。


 閃光せんこう、そして見えるほどに空気がゆがみみ、爆発の中心に吸い込まれた直後、一気にその圧力を外に向けて開放した、貨物船第5ゼニス号は爆発の轟音ごうおんとともに船体上部を粉々《こはごな》に吹き飛ばされ、舞い上がった破片が落ちる前に船体は水面から消えていた。

 爆発のエネルギーは運河の前後の閘門こうもんを吹き飛ばし、決壊けっかいした水がダイナマイト以上の威力を持って次の閘門を襲う、各閘門かくこうもんで通過待ちをしていた大小の貨物船も奔流にまれて沈没や座礁して運河は船員や作業員の命とともに阿鼻叫喚あびきょうかん大惨事だいさんじに発展した。


 攻撃はこれで終わりではなかった、さらに100鳥以上のケツァルがいくつもの支流から分散して運河になだれ込んで空をその美しい羽根で埋め尽くし、うずをまくように旋回しながら、光緑こうりょくやりとなったケツァルがうずから打ち出されていく。

 統率とうそつのとれた動きで運河施設の屋外燃料タンクを破壊はかいして火を放ち、変電所では電線を引きちぎり、空中から強力な胃酸を含んだ吐しゃ物を浴びせて漏電ろうでん火災を引き起こした。

 運河の各所に防衛施設として、高射銃座や装甲車、兵員も配置されていたが陸地にいる人間はことごとくソニック・ウエポンとサーベルのようなくちばしつらぬかれて絶命した。

 もはや知能が高いどころではない、組織として役割と目的をもった軍隊だ、その命令系統の頂上にはチビケツァルがいた。

 リーベン合衆国ラライ川第1バルマ運河は最初の襲撃から30分で壊滅かいめつ状態となった。


 グォォォォォォォ・・直径2.8メートル 可変ピッチ3枚翅まいはねのプロペラが風をく。

 「293小隊オスカー1・2よりコントロール、目標現着まで2分」

 950馬力の星形14気筒エンジンがうなる、高度1000メートルを最高速に近い時速400キロメートルでバルマ運河襲撃の報を受け付近を哨戒しょうかい中だった1式戦ハヤブサに急行の命が打たれた。

 「コントロールよりオスカー1・2 エネミー対象は・・・ちょっ、ちょっと、これ本当ですか?指令」

 「どうしたの、リリィ?」

 Rout293小隊 第2分隊 1号機の女性パイロット ローズ・チラン曹長だ。

通信機の向こうで報告内容の確認をしていたのが双子の妹で管制官のリリィ・チラン曹長。

 通信機の向こうでやりとりしている相手は基地司令のヴォルデマール大佐だろう。

 「・・わかりました・・オスカー1・2 エネミー対象は神獣ケツァル、数およそ100、運河上空を多数が飛翔ひしょうしている模様もよう空中衝突くうちゅうしょうとつの危険あり、高度1500メートルまで上昇し、状況を知らせ」

詳細しょうさいは不明だけど火災の発生や人的被害も発生しているようだわ」

 「なんですって、ケツァル?人的被害?」

驚きの声を発したのが2号機パイロット リオ・アイゼン曹長 僚機ローズと管制官リリィとは同じ家庭で育ち姉妹同然だった。

 「どういうこと、帝国の偵察機とかではなくてケツァルがエネミー対象って? 事故かしら?」

「Rout352やRout400からも既にスクランブル出撃したとの情報あり、先行している部隊がいるかもしれない、混乱しているみたいだから高度識別信号忘れないで、気を付けて2人とも」

 「了、高度識別信号確認・・・動作確認、お嬢様 機体カメラ起動しておいてください」

 リオをお嬢様と呼ぶリリィとローズは幼くして両親と事故で死別していた、身寄りのなかった2人をリオの両親が養子に迎えて、覚醒教練校かくせいきょうれんこうに入学する12才まで3人は姉妹として育ったがリリー、ローズの姉妹はリオの実家アイゼン家への忠義ちゆうぎからなのかメイドのように働き3つ下のリオもお嬢様と呼び面倒をみていた。


 2人は10人に1人しかいない覚醒者であり、その中でもさらに希少な化学系分野の

覚醒を得ていた、将来は研究者として嘱望しょくぼうされたが非覚醒者だったリオが陸軍飛行学校に入学を決めたとき、金属素材開発の企業研究者の道を捨て、義両親や周囲の反対を押し切りリオと同じくして陸軍飛行学校へ編入、リオのそばを離れなかった。


 「カメラ起動よし、でも500メートル位まで降りないと倍率あげても役にはたたないわ、あと、お嬢様ってほんっとやめて、ガラじゃないわ」


 リオは確かに名家の1人娘で幼少の頃はお嬢様と呼ばれても違和感のない美少女だったが、現在の身長185センチ、浅黒い肌に赤毛をバレッタで束ね、8頭身体躯、顔は鼻が高く、一重切れ長の目に紺碧こんぺきひとみ、胸は薄く、体脂肪率は女性にしては低い12パーセント、細いが雄偉ゆういな体躯は、特に腰から大腿だいたいの生地に余裕はない。

とても外見からお嬢様と呼ばれた過去は想像できない、運動能力は平均的な男では太刀打ちでない、学生時代のニックネッムはクィーン・ラプトル(猛禽もうきん嬢王じょうおう)。

男子より女子から人気があった、パイロットとしては覚醒者ではないが視力の良さ、体力的な優位性を生かしてねじ伏せるがごとく豪快な操縦が特徴だ、外見のとおり感覚とひらめきき、覚醒者ではないが天才だった。

 だが、その才能ゆえ失敗の経験が少ない、つまずくくことを知らない彼女の行動は浅慮せきりょとなるこが多い。


 「いいえ、お嬢様はいつまでも私たちにとってはお嬢様です。」

そういうローズとリリーは平均的な身長に細身で色白、美しい黒髪に黒色の瞳、外見はどう控え目に見ても美しく、3才年上だがリオよりも年下にしか見えなかった、3人で並んでいればお嬢様はローズ・リリーの2人でリオが2人のボディガードにしか見えない、その2人に「お嬢様」と呼ばれてかしずかれてはリオにとって悪い冗談以外のなんでもなかった。

 ローズはパイロットの資質などありそうにないが、非常に器用であり細かな制御や航空力学を基本にした飛行は慎重しんちょうにして基本に忠実、機体にも優しく飛行教官からの評価も高かった。

 スムーズで美しい機動は航空力学の理解の深さ、いかに真摯しんしに飛ぶことに向き合ってきたか、それにどれほどの時間を費やしたのか、体力の劣る彼女が人並み以上の優れた乗り手となるためにした努力をリオは知っている。

 パイロットとしてローズを尊敬していた。

 そして何度も何度もあきらめず繰り返す意思の強さ、実直で素直な姉が大好きだった。

 いつかは姉たちのようになりたい、2人はリオの人間としての憧れでもあった。


 高さ300メートル、堤長ていちょう1000メートル 、有効貯水量30億リッポウメートルの途方もない大きさのラライダム。

 その威容いよう眼下がんかかに見ながら二人のる1式戦は渓谷に入っていく。


「 ! ローズ姉、14時方向に煙」

「やはり、バルマ運河」

 右旋回、運河内に入る、1500メートル上空からでも2人の視界に壊滅かいめつしたバナマ運河が確認できた、全ての閘門こうもんは破壊され建物や船にオレンジ色の炎と黒煙が多数見える。

「ひどい、いったいなにがあったの」

 視力4.0以上、ラプトルの目を持つリオは目を見開いた。

「お嬢様、ケツァルは確認できますか?」

 リオは機体を斜めに傾けて目を凝らすが、それらしい飛翔ひしょう物体は見えなかった、翼間よくかん10メートルのケツァルなら容易よういに確認できるはずだが動いている飛翔体はいなかった。

「見えない、ケツァルは確認できない」

 やはりケツァルの襲撃とは思えなかった、大きいとはいえこんな大規模な破壊が生物に可能とは思えなかった。


「ファルコン1よりコンロール、現着ヒトサンゴウロク(13:56)運河上空に飛翔体なし・・

 運河は座礁ざしょう転覆てんぷくしているものと思われる船多数、火災もいたるところで発生している、救難隊の出動を要請ようせいします、たぶん1機や2機じゃたりない」

ザ・・・ザザ 通信の状態が良くない、運河に設置してある中継器がやられているのだろう。

「だめです、通信できない・・・しかたありません、お嬢様、1度ダムまで戻りましょう」

「了」


 旋回性能せんかいせいのうの高い1式戦をしても水平高度での旋回は狭い峡谷では危険だ、2人は斜上方へ縦旋回たてせんかいし下流方向に機首を向けた。

「ローズ、やはり敵性国家による奇襲ではないかしら、破壊の規模が大きすぎる」

「しかし、一番近い敵性国家であるナジリス共和国まで1000キロメートルも離れています、爆弾を抱えたまま山脈を越えてくるなど不可能です」

「わからないわ、新兵器かもしれない」


 リオはスティックとラダーを操作して急降下旋回ロールさせた、バォッ!翼面積22ヘイホウメートル全幅10.8メートルの翼が僅かに軋み音をあげる。

「 ! お嬢様、なにをなさるおつもりですか」

「ローズ姉、あなたはそのままいってコンロールへ救助隊の派遣はけん要請ようせいして、私は高度を下げて爆撃の痕跡こんせきがあるか確認してくる」

「ダメです、お嬢様 ! 危険です、お戻りください」

「大丈夫、今なら私たちだけよ、空中衝突くうちゅうしょうとつはないわ、1往復したら戻るから入口

で待機よろしく」

「お嬢様!」

  

ケツァルに表情があるとすれば怒りと後悔、不安と緊張がきざまれているだろう。

 彼、彼女?が長い時間をかけて調べ計画した襲撃はおおよそ成功した、仲間の犠牲もなく奴らの通り道は壊した、……本当によかったのか?

 これが始まりとなる、敵は奴らでよかったのか?

 いや、迷っている場合ではない。

 グォォォォォォ……あの石油臭い息を吐く奴らが使う機械鳥の音が近づいてくる。

 チビケツァルは周囲を見回すと撤退てったいの声を鳴らした。

 嫌な感じがする、急がなければ。

 攻撃同様にチーム編成されたケツァルの部隊は速やかに分散して峡谷の支流に分散して飛び去った。


読了ありがとうございました

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