知らない天井だ
「え? ちょ、ここ、どこですか?」
知らない間に寝ていたようだ。
目が覚めたら、知らない天井が目に映った。
私、確かに森の中で見つけてもらって、殿下に運ばれて……。ドゥマルク公爵家のタウンハウス……家に帰れたんじゃないの?
「フローレン様、目を覚まされたのですね! よかった、よかった!」
涙を浮かべているのは侍女のメイだ。
知った顔があるのに知らない場所?
「皆様にお知らせしてきますわ」
メイは部屋を出て行ってしまった。
ちょ、説明プリーズ! ここはどこ?
……と、その説明はどうも必要ありませんでした。およそ十秒後には部屋に殿下が飛び込んできた。
「フローレン、目が覚めたんだな? よかった無事で」
「……ここは王宮ですの? なぜ、私はこちらに?」
首をかしげると、殿下が顔を真っ赤に染める。
「その、王宮医師がフローレンの手当てを……」
「王宮医師? ドゥマルク公爵家にもお抱えの医師はいますけど?」
「あと、その……ぶ、無事でよかった。いや、もしフローレンが誰かに襲われていたとしても、俺はあきらめたりしないけど」
無事でよかったの後の言葉がよく聞き取れなかったけれど。
まぁ何はともあれ、問題なかったってことよね?
「フローレン、目が覚めたんだね!」
ばぁーんと、激しくドアが開いてお父様が部屋に入ってきた。
ベッドの脇にいた殿下を押しのけるようにして私の顔を覗き込む。
「ご心配をおかけいたしました。王宮医師に診ていただいて問題もなかったみたいですし」
というと、お父様が怒りの形相になる。
「問題ありありだ! 人の大切な娘を何だと思っているんだ! 本人に尋ねれば分かることを調べるなど……婚約者でもないのに、どんな権限で」
お父様が、殿下を睨みつけた。
「い、いや、それは医師が勝手にしたことで……その……す、すまなかった。全身悪いとこはないか隅々まで見てくれという言葉がおかしな伝わり方をしたようだ」
お父様の怒りは収まらないようで、謝る殿下に冷たい声を出す。
「だいたい、なぜ王宮に連れてきたのか。公爵家の屋敷に運んでくださればよかったのです」
「お父様、それくらいにしてくださいませ。殿下は私を見つけて助けてくださったのですから……」
と、思わずかばうような発言をすると、お父様は殿下を睨むのをやめて、ベッドに上半身起こしている私をぎゅっと抱きしめた。
「フローレン。生きていてくれたんだね。よかった。本当に良かった……」
「お父様……」
いつものお父様の匂いに包まれて、本当に私は生きて帰ってくることができたのだとホッと息を吐き出す。
「ご心配を、おかけいたしました」
「フローレンが悪いんじゃない。そうだろう? 一体何があったのだ?」
あれ? ジョージが犯行をゲロしたんじゃないの?
「お義姉様っ! 目を覚まされたのですね!」
バタバタとイーグルたんが部屋に駆け込んできた。
何日寝てないのだろうというようなひどい顔をしている。
「イーグル、ごめんね、心配かけて。ほら、この通り大丈夫よ?」
イーグルたんは、私のいるベッドに飛び込むようにして勢いよく飛び込み、私を抱きしめた。
勢いが付きすぎてベッドに倒れこむ。
「お義姉様、よかった。もしお義姉様に何かあったら……僕は……僕は……」
ベッドの上にあおむけで寝ころんだ倒れた私をイーグルたんが力いっぱい抱きしめている。その体は小刻みに震えていて、私を失うかもしれなかったという恐怖なのか。
「侯爵家のジョージに連れ出されたということはすぐに分かったのに、そのあとジョージの足取りも分からなくて」
え? そうなの?
だから捜索に時間がかかったのか。
「二日前に谷底でジョージの遺体で発見されたと聞いたときには……お義姉様も一緒に谷底に落ちたのではないかと……」
ボロボロと泣きだしたイーグルたんの涙が私の肩を濡らした。
「遺体?」
うそ。ジョージは亡くなってしまったの? もしかして、もう日が落ちかけていたから道に迷うか何かしてうっかり転落したとか?
背中がゾッと寒くなる。
震えるイーグルたんの背中をポンポンポンと慰めるようにたたきながら、気持ちを落ち着かせる。
馬鹿な奴だと思うし、馬鹿なことをしたとも思うし、侯爵家の籍を抜かれていれば平民だ。平民が公爵令嬢殺害未遂を起こしたとなればどちらにしても極刑だったとは思うけれど……。亡くなったなんて……。いくら自業自得とはいえ……。
胸が痛む。ジョージのお前のせいだという言葉……。それは違う、違うのは間違いないのに。死んでしまったのは、私のせいのような気がして。
「そんな顔をするな。正確には遺体は見つかっていない。転落した形跡とジョージの持ち物が発見されただけだ。どこかに逃げて生き延びているんじゃないか。フローレンだって、こうして生きていたんだ」
お父様が私の顔を覗き込んで頭をなでてくれる。
そっか。捕まったら死ぬと思って死んだことにして逃げてるのかもしれないね。
イーグルたんに抱きしめられ、お父様に頭を撫でられ、右手を殿下に握られている。
私、こんなに皆に心配してもらえて幸せ者だよね。
えへへ。でもさ。でも……。
「お腹がすきましたわ! どいてくださいませっ!」
メイが食事を運んでくれたのが視界の端に見え、おいしそうなにおいが漂ってきた。
殿下の手を振り払い、イーグルたんを押しのけ、お父様の手から逃れる。
メイシーの後ろにはラミアの姿があった。
いっぱい泣いたのか、目がはれ上がっている。
「フローレン様……私、私のせいで……」
そう、だよね、ラミアも思いつめちゃったよね。
ジョージめ。今度会ったらコテンパンにしてやるわっ!
「大丈夫よ。ラミアのおかげでこうして生きて戻れたのよ。ラミアに届けようと思って持っていた食料があったから、飢え死にしなかったの。ありがとう」
ラミアがボロボロと涙を流す。
「フローレン様……私……ぜ、絶対、……この、恩は……ずっと、一緒に……フローレン様……ひっく……王妃様になっても……側にいられるように……私、私……ひっく……頑張って、私……」
しゃくりあげながらラミアがしゃべるけれど、何を言っているのか良くわからない。ごめんね。また後で話を聞くわ。
もう、お腹ペコペコだもの。あら? ラミアが持っているバスケットにはゼリーが入っているんではなくて?
とにかく、いただきまぁす!




